« 衆議院補選について | トップページ | 人を見極めるポイントは »

2006年10月24日 (火)

人生の設計図を描こう

積極果敢に過すといっても、ただがむしゃらに進むのがいいのではない。

家を建てるときにも設計図がいる。掘っ立て小屋でもない限り、それは大きくても小さくても、土台があり、中心になる柱があり、またいくつかの柱があり、屋根がある。そして初めて家としての役目を果たせるのだ。

家は単なる建物としての空間ではない。一家団らんの場であり、心の安らぎの場であり、魂の憩いと活力の源である。最近の家庭には、この観念が忘れ去られている。会社の社屋についても同じだ。

単なる物としての設計図では人生そのものが空虚となる。自分の成し遂げたいことは何か。そのための土台には何が必要か。中心になる柱は何になるのか。真剣に考えてみてはどうだろうか。

同じ金閣寺を見ても、「ただ観光で、通りすぎてしまう」のと、

「ポスターの撮影などの目的があって見つめる」のと、

さらには「実際に金閣寺と同じもの、もしくは似たものを建てようとして見る」のとでは、見えてくるものも違えば、気づくものもまったく違ってくる。

「観光で通り過ぎる」とは、たとえば、会合などで人と会い、名刺を交換し、一緒に写真を撮ってそれでおしまいという時などである。こんな人とも会ったのだという自己満足で終わる人が多いが、その出会いから名刺や写真以外に、何か得たものがあるだろうか。それでは観光として通り過ぎるのと、なんら変わりはない。

「撮影などの目的があって・・」とは、その人をいかに引き立たせるか、その人の良さをいかに引き立てるかという目で、相手を見るということだ。単なる観光者とは違う視点で見ることが出来よう。

経営者は、シナリオ作家であり、監督であること。いかに社員をスターに育て上げるか。また、相手役として取引先を如何に引き立たせるか、それが出来る目を養うことだ。

人事担当者は、社長が書いたシナリオに合うスターをはじめ、脇役にいたるまでを探してくるのが役目である。たとえば開発に合う人、営業に合う人、経理に合う人など、一律に成績主義で採用している今の制度は異なることになる。

「実際に金閣寺と同じものを作りたい」と思ってみるとは、たとえばあの人と同じような成功を収めたいと思って接する時、その人の土台や柱は何か、出来ればその人がその成功を収めるまでどう組み立てていったのか、土台や柱にいたるまで気になって見るのではないだろうか。その時初めて、設計図が必要になってくる。

「気づき」が、人生の扉を開くとすれば、人生の設計図は、その鍵を握る大切なものになる。どのような人生を送りたいかは、各人各様である。

11月の宿泊研修は、「人生の設計図を描く」ことである。各人十二分に会得して欲しい。

(ご案内、申し込みは、こちらの内容紹介・申込書をご覧下さい )

|

« 衆議院補選について | トップページ | 人を見極めるポイントは »