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2007年2月 6日 (火)

柳沢大臣の、「女性は子供を生む機械」発言について

柳沢大臣の「女性は、子供を生む機械」発言を巡って、色々な議論があるが、私見を述べてみたい。

政治の世界では、「言葉は、命」というように、失言問題は大きく取りざたされる。

柳沢大臣も、厚生労働大臣として明らかに不適格である。少子化問題の解決法として述べたというが、人の生命の誕生を機械としか捕らえられない人が、「厚生労働」という「人」に直接関わる役職としては不適格なのだ。否その前に政治家としても不適格だ。営々と積み重ねてきた金融担当大臣としての功績も、一瞬にして吹っ飛んだではないか。人が無意識に発した言葉は、本心である。今更「職責を全うしたい」と言っても、すでに適格を失っているのだ。

しかし、その為に大事な予算審議を欠席し、罷免を求める野党は、政治家として適格と言えるのだろうか。国会議員は、特別職とは言え公務員である。公務員には職務専念義務が課せられているはずだ。職場放棄をするなら、自らが辞職するべきだ。そのようなものに、国民の税金を払う必要もない。幼稚園児がただをこねるようなことしか出来ないのなら、さっさと辞めればいいのだ。こうしたことが長年行われてきたから、政治家にとっては常識かもしれないが、国民からすれば非常識だ。「まじめにやれ」としか言いようがない。

少なくとも罷免要求と、予算審議は別個の問題だ。国民生活に直結する予算審議には出席して審議の上、堂々と退陣要求をすればいいではないか。少しも大人の視点を持っていないと言わざるを得ない。

また問題の発端は、安倍内閣の組閣そのものにある。この内閣は、安倍氏を応援してくれた人たちを優遇して、大臣のポストを与えたことから始まっている。

人選の大切さ。自分を応援してくれた人を優遇するのは「情実人事」だ。「国の運営、骨格を支える人として適格であるかどうか」でまず見るべきところ、情実が優先したこと自体、今後もこうした大臣の不祥事は続くと見なければならない。

「情けは美しいが、判断を誤る」のだ。トップに立つ人は、判断の際この言葉を忘れてはならない。情けがなければ人はついてこない。しかし、大事な判断を下す際に、情けに流されては正しい判断は下せないのだ。むしろ普段に愛情ある国政をこそ望みたいものである。

また総理をはじめ政治家は、人を見る目を養うことをはじめ、根本から育てなければならない時代になっているのではないだろうか。やはり大志塾の必要性を痛感する。

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