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2007年3月13日 (火)

基礎が出来てから、鍛える大切さ

最近「新人の看護師さんの定着率が、大変に悪い」という報道を聞いた。その理由としては、看護学校で学んだことと実際の実務との間に相当の差があり、実際の医療現場のほうが比較にならないほど、最先端の医療機器などのハイテク化が進んでいるため、それについていかれないことから、次々にやめてしまうのだという。

看護師さんの仕事は、患者さんの命に関わるもので、一つの操作ミスが命に関わることも少なくない。そこへ人手不足のこともあり、新人一人で新しい医療機器などを担当させるなど、学校では習わなかった機械の操作など、その不安とストレスで、自分は看護師に向かないのではないかという自己嫌悪に陥る人も多いと聞いた。

ある病院では、新人看護師の定着率をあげるための試みとして、最初は新人一人ではさせずに、

必ず先輩がついて行い、これなら出来るという見きわめをしてからさせるようにしたという。

何か身に着けていく過程には、失敗せずに見につけられるものなど、ないのかもしれない。そしてそこから何度も立ち上がって、覚えていくことも大事だ。

しかし、最初から失敗させて、恐怖感を植え付け、自信をなくさせることから入るのか、最初はたとえ小さな成功体験でも、喜びから入るのとでは、思いのほか大きな差になる。まして人の生命に関わるものは、それだけでも精神的な不安と負担は重いものがある。

基礎が出来てから鍛える大事さ。これから新入社員の季節でもある。基礎もないうちに「まず失敗して身体で覚えろ、みんなそうして身につけてきたのだから」とするのは、こくな話である。教育機関との格差をなくすと共に、人のために喜びを持って勤務できる看護師の養成こそ、急務であろう。

これは何も看護師に限った話ではない。

自動車教習所では、基本だけを教えるのが原則かもしれないが、やはり日常的に走る上で必要なことは、当然教えておくべきではないかと思う。

たとえば、走行車線から追い越し車線に入る場合、初心者は追い越し車線に入ってからアクセルを踏もうとする。したがって後続車に追突されそうになる。また反対に、追い越し車線から走行車線に戻る場合も、そのままのスピードで戻ると前の車に追突しそうになり、慌ててブレーキを踏むという危険を冒すことになる。

追い越し車線に入るときには、走行車線のときにアクセルを踏んでから入ると、追い越しも楽に出来るし、走行車線に戻るときにはアクセルを踏むのをやめて、エンジンブレーキの状態になってから戻ると、前の車に追突しそうになることからも開放されるはずである。

さらにカーブのところでの追い越しは、右カーブのところで追い越し車線に入ると抜きやすく、左カーブのときに戻れば、楽に戻れるのである。こうしたことは、内側の円のほうが外側の円よりも短いことの応用から言っても当然のことなのだが、案外応用されていないのである。

合流地点でも、交互に合流すれば滑らかに進めるのに、どちらか一方が「入れてやるものか」と頑張るようなことをすると、他方は完全に停車しなければならなくなるから、その分当然に次の発信が遅くなり、全体としては渋滞の元になるのである。

左右のウインカーも出さずに曲がる車などは、論外のマナーの問題であろうが、こうしたことが他の車の運転手に不快感を与えたり、苛立ちを与えて、事故に繋がることが多いのだ。また社名の入った車は、その会社の動く宣伝カーであるから、無謀運転などは知らず知らずのうちにマイナスのイメージを世間に与えていることに思いを致すべきである。

こうした自覚と誇りを持って運転していただきたいものである。この点も、社員教育に必要なことであろう。

社員が喜んで出来るように、先輩・上司など周囲も工夫をすることが、会社全体の活性化にも繋がることではないだろうか。

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