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2007年3月 8日 (木)

いい土地、悪い土地

同じ規格のものであっても、作られる工場によって出来上がりの製品に差が出ることは、製造業の方であれば感じておられるのではないだろうか。もちろんその工場に働く社員の気構え、取り組み方などで違いは当然出てくるが、その土地がいい土地か、あまりよくない土地かが、意外に大きく影響しているのである。どちらの製品であるかで、作業の効率も変われば、そこから出来上がる製品の出来まで変わる。

田んぼでも一反あたりで取れる稲の量によって、上田(じょうでん) 中田(ちゅうでん) 下田(げでん) と分けられるという。いい田んぼに恵まれた所は、いい米がたくさん出来る。反対によくない田にあたった人は、手入れをしてもなかなか収穫に結びつかない、また出来が悪い。このように数量の差だけでなく、その品質にも大きな差があるのだ。そのくらい土地から受ける出来不出来の影響は大きい。

しかし、これは製造業や農作業だけではなく、一般の住宅や職場についても言えることである。いい土地の力を受けて力強く育つのは、何も農作物だけではない。人の健康や、教育の場としても大きな影響がある。

近頃のように、青少年の非行化やいじめの問題にしても、戦後のベビーブームに対応した学校建設の際、それぞれの市町村の人たちは、将来の日本を背負う若者のためにと、一等地と言うか上田を提供したであろうか。むしろそれぞれの人たちにとって下田に相当するところを致し方なく提供してはいないだろうか。

こうした土地の学校からは、素晴らしい青少年の育成を期待する方が難しいことである。こうした根本的なところから、もう一度見直してみる必要があるのではないだろうか。人は、往々にして、作られた歴史を前提に見がちであるが、その歴史の分岐点から見直すことが大切なのである。従前の神社の土地は「いやしろ地」と言って清らかな場所を指し、「けがれ地」と区別されてきたことも、参考になるのではないだろうか。

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