« 同じで 同じでなくて 同じ | トップページ | 相手のために、相手の立場に立って »

2007年4月17日 (火)

人生には浮き沈みがある

人生には、浮き沈みがある。そうして浮上しているときには、まさに浮かれて有頂天になったような生活をしがちである。反対に沈んでいるときには、人のせいにしたり、世の中を恨んだりしがちである。そのようなことのために、浮き沈みがあるのだろうか。

 あるときある方が、伊藤博文公に「あなたは、あなたのお力で、総理になられたと思いますか」と尋ねられた。伊藤博文公は、当たり前ではないかという様子で、「そうだが」と答えられた。するとその方は、「では、なぜ最後まで総理でいなかったのですか」と問われて、答えられなかったのです。

 人に浮き沈みがあるのは、浮上しているときにはどれほど国民のことを思い、また国民のために施策を行うかを見、沈んでいるときはその間に次の機会までに、どれほど学び備えるかを見るためなのです。これは、各企業の経営者にとっても同じことが言えるし、各人の人生を考える上においても同じことが言えるのです。

 すでに弘法大師様のお言葉として、「いいとき三年、悪いとき四年と心得めされよ」とお伝えしたことと併せて、お考え下さい。人生に浮き沈みがあることは、前提なのだと。だからこそ、いかなる環境・境遇をも、自らの手で変えることもまた可能なのだと。

|

« 同じで 同じでなくて 同じ | トップページ | 相手のために、相手の立場に立って »