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2007年4月18日 (水)

相手のために、相手の立場に立って

現代に生きる私たちは、自己主張をすることに汲々としてはいないだろうか。それだけ世の中が世知辛いのかもしれないが、日本人の本質的な生き方としての『思いやり』の精神が置き忘れられているように思います。

 また、相手のためによかれと思ってしている方は、結構おられるように思います。しかし、それが思いもよらぬご迷惑をかけていることがあります。私の父が家を建てたとき、親戚の者が勝手に欄間を頼んでしまい、父としてこういう欄間にと思っていたものが出来なかったことがあります。こうしたことは、一見親切なことのようであっても、いわゆる「小さな親切、大きなお世話」の部類になってしまいます。

 ですから、ただ「相手のために」というだけではなく、「相手の立場に立って」考えることが大切なのです。企業間の取引でも、労使間の問題でも、この二つの視点から見ていれば、ほとんど解決出来るはずです。

 経営者は労働者の立場に立って、自分なら賃金の問題か、労働時間の問題か、その他の労働条件の問題かを考えれば、労働者の立場に立っての考え方が出来るであろう。また、労働者も自分が経営者なら、現況以上のことが出来るだろうかと考えれば、自ずと感謝の気持ちになるだろうし、それ以上のことが出来ると思えば、事業に対する改善提案をすればいいということになろう。

 要は、互いに対立するのではなく、和の精神を中心に据えつつ、お互いに相手のためを思い、相手の立場に立って行うことである。そこで、相手の立場に立ってすることが、大きく時代をも動かした話をして終えることとしよう。

 山岡鉄舟が幕府を代表して、単身駿府の西郷隆盛のもとへ赴いて交渉したとき、西郷は大総督宮へ取りついで、1城を明け渡すこと、2城中の人数を向島へ移すこと、3兵器を渡すこと、4軍艦を渡すこと、5徳川慶喜を備前へ預けることという五箇条の条件を出されたとき、「謹んで承りました。しかし、最後の一か条だけは、どうしてもお受け致しかねる」と、頑として拒否し、西郷の再三の「朝命でごわす」の言葉に対しても、「たとえ朝命であっても、承服できませぬ」と突っぱね、

「あなたと私の立場を換えてお考え頂きたい。かりにあなたのご主君島津公が朝敵の汚名を受けて官軍に攻められ、ご主君は恭順・謹慎されているときに、朝廷から『主君を他の藩へ預けよ』というご命令が下されたとしたらどうなさられるか。あなたはそれをお受けして、すぐにご主君を差し出し、自分は安閑として傍観しておられますか。君臣の情、あなたの義はいかが。只今の慶喜へのご命令は、鉄太郎決してお受けするわけには参りませぬ!」と言い放ったのです。

 

 しばらくして西郷は、「あなたの言われることは、まことにもってごもっとも、よろしい。慶喜殿のことは、この吉之助がきっと引き受けて取り計らいましょう。ご心痛にはおよびませぬ」と言って、これに応じたという。

 立場を換えてみれば、その心情もよくわかるというものである。これによって、無血のまま明治維新はなったのである。

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