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2007年4月16日 (月)

同じで 同じでなくて 同じ

子供の頃に聞いた話で、定かではないが、記憶によれば昔、エジプトのピラミッドの前にいるスフィンクスが、「はじめ四足で、次に二本足になり、最後は三本足になるものは何か」と質問して、人々が答えられなかったと聞いたことがある。

よちよち歩きの幼子は四足であるが、やがて二本足で歩くようになり、年老いてくると杖を頼りに歩くことから、これを三本足とみてこのような質問をしたのであろうとすいそくされるが、要するにその答えは『人』である。

それと同じことが、今日の表題である。「同じで 同じでなくて 同じ」、まるで禅問答である。最初はなかなかわからなかった。一体何なのだろう。考えれば考えるほどわからなくなる。冷や汗がにじんでくる。必死になって答えを得ようとするのだが、頭の中は堂々巡りをするだけだ。正座した膝の上に載せた両手の握りこぶしが、わなわなと震えている。

その震えている手を見た途端に、全てが解決した。「なんだ。自分自身のことではないか」と。フジワラヒロシという自分がこの世に生を享けて生まれ出た頃の赤ん坊と、現在の自分とではずいぶんと異なるが、でもやはりフジワラヒロシには相違ないのである。

要は、「同じでなくて」の部分が大切なのであって、人の一生の間に、「どれだけ成長し、どれだけ人の役に立ち、どれだけ自らが満足し、どれだけ後世に託すものがあるか」に尽きるのではないだろうか。

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