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2007年4月 4日 (水)

勤労に対する考え方の違い

働く者のその時々の思いが、世の中の動きに作用してはいないだろうか。人様のことを思い、その仕事を通じて、社会のために貢献しているとの自信と誇りを持っているだろうか。

日本人は、本来こうした思いで働いてきたはずである。だからこそ、朝は朝星、夜は夜星でも頑張ってきたのだ。それは、大自然と共に、あるいは神と共に働くとの観念からであった。どこかの国のように、「男子は罪として働き、女子は罪としてお産の苦しみを味わえ」と言うのとは、労働に対する根本的な考え方が異なるのである。

こうした罪として働く場合には、時間が来れば仕事の途中であっても、さっさとやめて帰宅してしまう。「日本人はバカだから、サービス残業が多い」とか、「働きすぎだ」と言われるのも、こうした根本的な考え方の相違から来るものがあるのだ。そうした中で、一律に外国の制度を真似ることが、果たしていいものであろうか。いいものは取り入れ、合わないものは日本人に合うような取り入れ方をすべきではないだろうか。

最近のようなワーキングプアーなどは、いかに国の政策が無策であるかを象徴するものである。これは、単に個々人の問題ではない。地域社会全体を崩壊させ、地場産業まで駄目にしているところさえあるのだ。「貧富の差は益々広がる」というだけでなく、働く人たちの大半を占めている中小企業の行く末をも危うくしているのだ。国民全体が働くことに喜びを持てる本来の姿に戻すべきである。

こうした意味でも、やはり総理や閣僚をはじめ、それを支える財界の人たちを養成する必要を痛感する。国家経営塾がその構想であると共に、その前提として大志塾を開設する必要を痛感する。

その意に共鳴してくれた人たちが核となり、若者を対象とした時事討論会を開いているが、第四回目の今月は十八日の水曜日に午後六時から、新宿西口のオークタワーで開く予定である。

 会場への地図等は、http://www.soseinippon.jp/taishijuku/

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