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2009年5月31日 (日)

藤原大士の一日一言 
116話 わきを、緩める 

「脇が甘い」とは、一言で言えば「油断がある」ということで、あまりいい意味ではない。大相撲などでは、よく注意される言葉だ。

脇を甘くしないためにも、簡単に出来る健康法をご紹介したい。脇の下には、以外に老廃物などが溜まっているものだ。

脇の下を大きくギューっと握って、ゆっくりと一・二・三と数え、ぱっと離す。また握って、一・二・三、これを何度か繰り返すと、凝りや張りがすっきりとする。ゆっくり大きくもむと、更に効果は抜群で、血液の流れもよくなる。

☆ただし、握ってわきの下にグリグリがあるような人は、続けずにお医者さんに診てもらってください。

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2009年5月30日 (土)

藤原大士の一日一言 
115話 若さと感動

感動を無くすと、人は年を取る。それは、実年齢とは異なる精神年齢というか、魂の年齢である。

若々しい魂の持ち主は、何歳になっても、若々しい感動にあふれている。反対に青春まっただ中にいても、老人のように感動を無くした人もいる。

あなたの魂の若さは、いかほどだろうか。生涯現役を目指し、つねに感動と挑戦の精神にあふれた人生であり続けたいものである。

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2009年5月29日 (金)

藤原大士の一日一言 
114 話 失敗も糧にする

失敗は、決して望ましいことではないが、残念ながら、失敗なしの人生はあり得ない。

しかしその失敗から何を学ぶか、どう切り替えるかで、次の人生が変わってくる。

「転んでもただでは起きない」、「失敗も糧として立ち上がる」へこむか、立ち上がるか、大きな分岐点ではなかろうか。

必要が発明の母ならば、失敗は発展への転機である。

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2009年5月28日 (木)

藤原大士の一日一言 
113話 優秀な経営者の三要件 

「先見性」「決断力」「統率力」これは優秀な経営者の必須の要件といってもよい。

そして何ものにも動じない「胆力」これこそ経営者が、自ら求めて手にするべきものなのだ。

**大志塾は、これらを経営者が、自ら求めて自らを磨く場である。

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2009年5月27日 (水)

藤原大士の一日一言 
112話 譲れる財産、譲れぬ財産

物的な財産や知名度は、相続税という国の関所はあっても、譲り受けることが出来る。

しかし、その財産を運営する力、発展させる力、また危機を乗り切る力は、自ら求め育てる以外に、手にすることは出来ない。

しかし、それは経営者として不可欠な要素であり、特に創業者の精神や人生としての生き甲斐や遣り甲斐は、日々の研鑽以外に受け取れぬ最も大切な財産ではなかろうか。

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2009年5月26日 (火)

藤原大士の一日一言 
111話 実情を知ってこそ 

江戸時代に、享保の改革を進めた八代将軍徳川吉宗公は、「目安箱」を設けて、直接民の声を聞いた。

天下人になると、とかく民の苦しみがわかりにくい。しかし実情を知ってこそ、適切な処置を取ることが出来る。

社長室からでも、「社員の声、社会の声」を聞く工夫が 大切ではなかろうか。

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2009年5月25日 (月)

藤原大士の一日一言 
110話 相撲道と経営の心意気 

相撲のおもしろみは、身体の小さな力士が大きな力士を技で負かす場面や  後一歩で押し込まれそうになっていても、俵一枚で土俵に残り 見事な逆転勝ちを決める場面だ。

 企業でも同じ。規模は小さくても、見事に何倍もある企業を打ち負かしていく事は可能なのだ。

 もうダメだと思っても土俵を割るな。 たとえ負けそうになっても最後まで気を抜かず、逆転勝ちを納めよう。

    ** 大相撲 幕内で最も軽い日馬富士が初優勝した。千秋楽の相手琴欧州は、なんと身長203センチもあるとか。大人と子供くらいに大きさが違う相手に、投げで勝って決定戦へ。

でもどんなに軽量といっても、体重126キロ。私たちならメタボの注意と減量を言い渡されるところ・・

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2009年5月24日 (日)

藤原大士の一日一言 
109話 土俵に上がろう

相撲取りは、上の人に胸を借り、何度も投げ飛ばされて強くなる。

投げ飛ばされるのを恐れて、「強くなったら、土俵に上がろう」という人がいるが、それでは永遠に強くはなれない。

まず充分に「しこを踏む」なりの基礎を身につけ、投げ飛ばされても投げ飛ばされても食いついて行き、努力するところに進歩があるのだ。

結果だけを求めて努力を怠れば、横綱はもちろん関取も夢のまた夢に終わるだろう。

    **今日は、大相撲千秋楽 ・・昨日白鳳が負けたので、一敗二人、二敗二人になった。なんと最大、四人で優勝決定戦とか・・

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2009年5月23日 (土)

藤原大士の一日一言
108話 腹は、高天原に通ずる  

腹は、高天原(神様の世界)に通ずると言われる。

どんなに大声の人でも、せいぜい数百メートル先までしか届かないが、臍下丹田から発する声は、大宇宙の中心(高天原)にまで届くと言う。

どんなにいいことを言っても、蚊の鳴くような声では、どこにも届かない。

自分の魂を揺り動かし、人の魂をも揺さぶり、世の中を変えて行けるのは、腹からの声である。

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2009年5月22日 (金)

藤原大士の一日一言 
107話 天皇家の食卓 

戦後、食料を求めて皇居に押しかけた民衆は、天皇様のあまりにも質素なお食事に、自らを恥じたという。

自分は贅沢をするが、人には倹約を強いるのでは、どこかで爆発するが、皆で共に耐えようとするときには、かえって心の結束が強まるのではないだろうか。   

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2009年5月21日 (木)

藤原大士の一日一言 
106話「だろう」は、やめよう

仕事で、問いかけをすると「・・だろうと思います」という答えが意外に多い。

仕事に「だろう」はない。もっと確証を持って臨むべきではないだろうか。

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2009年5月20日 (水)

藤原大士の一日一言 
105話 困ったときの神頼み 

「困ったときの神頼み」と言う。しかし謙虚にそして真剣に、頼んでいるだろうか?

「あれやれ」「これやれ」と命令してはいないだろうか。とかく人の上に立つ人は、すべてに命令口調になりやすい。

神様は、人の召使ではないことを忘れぬように。せめて神様の前くらい、謙虚にすべきである。

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2009年5月19日 (火)

藤原大士の一日一言 
 104話 お蔭様の心を大切に 

人は、よい時には自分だけの力でなったと思い、悪くなると自分以外のせいにしたがるものだ。しかし天をうらみ、人をうらみ、時代をうらんでいる間は、そのどこからも手助けはない。

むしろ何事にも謙虚に、そして何事にも「お蔭様で」の感謝の気持ちで過ごしたいものだ。

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2009年5月18日 (月)

藤原大士一日一言 
 103話 尽くすこと  

心を尽くす、誠意を尽くす、真心を尽くす。それを中途半端で、引き返していないだろうか。

また知恵を絞り尽くす、全身全霊でし尽くしたとき、必ず道は開ける。何事にも徹底してみることだ。   

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2009年5月17日 (日)

藤原大士一日一言 
 102話 いい音色を出すために

バイオリンでも、琴でも、本当にいい音色を出すためには使った後に必ず弦を緩ませると言う。名演奏家が、いとおしむように演奏後のバイオリンの弦を緩めている場面を見た。人も同じではなかろうか。

ピンと張りっぱなしだと、いい音色が出なくなるばかりか 本体まで痛む。一日の終わりには、ゆったりとくつろいで ぴんと張った心の弦を緩めよう。

明日のすばらしい音色のために。

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2009年5月16日 (土)

藤原大士一日一言 
101話 先に与えてこそ 

自分が会社を愛したからといって、必ずしも会社がそれに応えてくれるとは限らない。また社員を愛しんだからと言っても 必ずしも社員が応えてくれるとも限らない。

しかし先に手を伸べずに、批判ばかりしていては、相手を動かすことは出来ない。

それは口に出さなくても、心で責めることも同じである。

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2009年5月15日 (金)

藤原大士一日一言 
100話 嵐と積荷   

航海中に大嵐にぶつかった時、「全力を挙げても船の浸水が激しく、航海が難しくなると、やむを得ず、積荷の一部を海に捨てなくてはならない」と言う。

 企業も同じだろうか。百年に一度の大不況と言われる今、それを乗り切るために、積荷を軽くしているのが現状だ。

しかし・・嵐の海に投げ出しているのは、「物」ではなく、「生きた人」だということをお忘れなく。

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2009年5月14日 (木)

藤原大士一日一言
99話 肩が張りませんか?

気がつくと肩がバンバンに張っていることがある。その肩に大きな責任が乗っていればなおさらだ。

仕事の合間に、肩をグーッとあげて、パッと降ろす。これを二・三回くらい繰り返す。

肩の荷も、疲れもその都度取ってしまおう。

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2009年5月13日 (水)

藤原大士一日一言
98話 相手の立場に立って

前から後ろから見るとは、どういうことか。前から見るとは、自分、自社の立場から見ての判断。

 

後ろからとは、それを受ける相手にとってはどうだろうかと見ること。受ける相手はいろいろだ。客の立場で見たとき、経営者ならば従業員の立場で見たとき、これだけでも今まで見えないものが見えてくる。

横からは、第三者、社会全体から見たときどうかということだ。

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2009年5月12日 (火)

藤原大士一日一言
97話 前からも、後ろからも

もし人事を尽くし、最大の努力をしても思わしくない結果であったとき「なにが原因か」の「見直し」をしてみてはどうか。 人の目は、前にしかついていない。しかし横から、後ろから見たときに何か改善点が見出せるのではないだろうか。

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2009年5月11日 (月)

藤原大士一日一言
96話 人事を尽くして、天命を待つ

人事を尽くして天命を待つとは、結果は、すべて天に任せるということだ。

結果がいかなるものであれ、一切のうらみやこだわりを持たずに前に進むということ。そう思えるだけに、人事を尽くし、最大の努力をしよう。

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2009年5月10日 (日)

藤原大士一日一言
95話 正当な対価 

時にはお買い得もありがたいが、物事を常に買い叩く人は、いつか自分も買い叩かれる。

正当な対価を払う習慣、そしてその値打ちを正しく見極める目を養おう。

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2009年5月 9日 (土)

藤原大士一日一言
94話 苦難も笑い飛ばそう

ここ一ヶ月、いや一年の間に、心から笑ったことが何度あるだろうか。人は大人になるにつれ、本当の笑顔が消えていきがちである。

しかし、それでは幸運からも、良縁からも遠ざかるばかりだ。「笑う門には、福来る」と言うではないか。

苦しくても、常に笑顔を忘れずに。笑顔は自分だけでなく、周囲の人をも幸せにするからだ。

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2009年5月 8日 (金)

藤原大士一日一言
93話 「清濁併せ呑む」と言うけれど

「経営者は、一般に『清濁併せ飲むこと』が出来なければならない」と言う。

しかし、併せ呑んだ汚いものは、そのまま体内に残すのだろうか。

どこかで吐き出し、浄化することが必要ではないだろうか。むしろ、「おのが心と魂で、綺麗にして排出出来れば最高なのだが」と思う。

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2009年5月 7日 (木)

藤原大士一日一言
92話 胸を張って生きよう

私たちの日常生活は、そのままだと どうしてもうつむきがちのことが多い。

パソコンの操作、もろもろの作業や仕事・・一仕事が終わったら、肩甲骨と肩甲骨を合わせるようにして、胸を広げる習慣を付けてみよう。

その都度疲れを取ることと、胸を張って生きることは、そのまま身体の健康にも、心の健康にも大事なことだ。

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2009年5月 6日 (水)

自己中毒が危険

世界中のどんな猛毒よりも、自分が体内で作り出す毒素に、勝るものはないとか・・

自分で作り出す毒素は、恨みや憎しみから生み出される、心の毒素の部分が大きいのではないだろうか。

しかしそれは誰でもない 自分自身を知らず知らずに蝕む元となるのである。

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2009年5月 5日 (火)

鏡とくもり

ひとは誰でも、自分の中に人生を映し出す鏡を持っている。しかし錆び付かせたり、曇らせて映らない状態になっていることが多い。   

漫然と日々を過ごし無感動に過ごしていると、どんどん鏡は曇っていく。

せっかく中に良いものを持っていても、見るもの見えず、聞くもの聞こえずの人生ではもったいない。

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2009年5月 4日 (月)

鏡の効用

そのままでは、自分で自分の顔を見られる人は、一人もいない。しかし鏡に映し出せば、見ることが出来る。

また自分の性格や言動を自分で見ることは出来にくい。「こんなことではいけない」「こんなことをしていては、恥ずかしい」と、心を映し出す鏡が必要なのではないだろうか。

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2009年5月 3日 (日)

自分で気づくことが大切 

病気になるのは、体内にある本来の力を われとわが手で壊したからではなかろうか。

食生活に始まる、生活習慣や、心のあり方など。そこに気がつき、改めない限り、何度でも再発する。生活のあり方、心のあり方は、その人本人が直していくもので、どんなに優秀なお医者さんでも、他の人が変わってすることは出来ない。

「わかっちゃいるけどやめられない」などと、無謀な自分いじめはそろそろやめて、これからの人生を大切に生きよう。

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2009年5月 2日 (土)

「無くして気づくありがたさ」では遅い 

健康であったり、幸福であったりしている間は、それが当たり前のこととして、感謝をする気持ちさえ忘れがちである。

失くして初めてその有難さに気がつくのだが、その時はすでに遅しである。普段から、何事にも感謝の気持ちを忘れずに。

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2009年5月 1日 (金)

鯨に学ぶ

鯨は、大海で豪快に潮を吹いている。一旦は海水とともに、そこにいる小さな魚も、もろもろのものも飲み込んでしまうが、一定の期間を経て体から吐き出してしまう。

最初から、良いもの悪いもの、あるいは力となるものならぬものと、間口を狭めるのではなく、時にはいったん受け入れて、しかし自分の中に悪いものは残さぬように、時を見て、鯨のように吐き出してしまう事も大切ではなかろうか。

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