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2009年8月31日 (月)

藤原大士の一日一言 
208話 乗り物の工夫 

昔の旅人は、徒歩で目的地に向かったが、今はいろいろな乗り物がある。

かつて東海道五十三次といわれた道のりも、今は新幹線で三時間弱、飛行機で一時間だ。

それと同じように、早く目的地に到達出来る方法、大勢で同時に進められる方法など、目的に合った乗り物に匹敵する仕事の方法があるはずだ。

たとえば職人としての腕を生かしながらも、職人気質が組織化を妨げることのないよう、経営者は、良い乗り物を工夫すべきではなかろうか。

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2009年8月30日 (日)

藤原大士の一日一言 
207話 マニフェストに隠された嘘

今日は総選挙の日だ。国民の正しい判断を期待したい。今はマニフェストなどと言っているが、もともとは選挙公約と言っていた。

選挙公約には、票を取るための表のことしか言わない。しかし、外国人の参政権を認めたり、日本の領土は日本のものではないという政策は少しも表に出していない党がある。

国家のない政策など、危険きわまりないが、国民に正しい判断をする能力があるのだろうか。

高速道路を無料にするとか、医療費の見直しなど、甘い言葉に乗せられてはいないだろうか。

企業も、目先の甘言よりも、実のある誠実な企業との取引こそ、大切にすべきである。

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2009年8月29日 (土)

藤原大士の一日一言 
206話 方向転換 

方向転換するときに、小さい船は小回りがきくが、大きい船は大きくゆっくりと、すぐに向きを変えることが出来ない。

日本の国を大きく方向転換するべきときに、小回りのきく小舟を操るような発想と発言をしている。とても大船に乗った気にはならない。

政権交代と言うが、そんな小舟に乗り換えていいのだろうか。しかし片や老朽船であり、いずれにしても安堵できない。

早く大型の新造船を造るべきだ。

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2009年8月28日 (金)

藤原大士の一日一言 
205話 到達までの時を読む

旅人が、畑で作業している人に、「鎌倉まで、どのくらいかかりますか」と、尋ねた。

相手の人は、何も答えてくれない。仕方なく歩き出したとたんに相手は答えた。

「あんたの足なら、夕刻までには着くだろう」と。

つい何キロあるかという距離ばかりに目がいくが、どのくらいの速度で進むかで、到着は変わる。

人は常にあとどのくらいで、達成できるか、叶うかと問いがちだが、自分の歩む速度次第だと言うことを忘れてはならない。

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2009年8月27日 (木)

藤原大士の一日一言 
204話 力を何倍にも生かす

進もうとする目の前に壁があったとき、どう考え、どう行動するだろうか。

壁を見て、立ち止まるか。怯んで、後戻りするか。

ぶつかっても、ぶつかっても破れないときには、気持ちが折れそうになる・・かもしれない。

本当に厚い壁の時もあるが、原則、壁は破れるものだ。

近くからゆっくりと叩いていては、びくともしないものであるなら、時には加速をつけて、その力を利用してみてはどうだろうか。

世の中にはテコの力、加速の力もあれば、火事場の馬鹿力もある。いずれにしても、普段には使わない底力だ。このように力を何倍にも生かせる方法があることを忘れずに頑張ってほしい。

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2009年8月26日 (水)

藤原大士の一日一言 
203話「天分」と「努力」

「天分」と「努力」のいずれが勝るのだろうか。天分があっても、油断している人と、努力をし続ける人では、努力が勝つ。

しかしそのためには、血のにじみ出るほどの努力をしなければならない。

同じ努力ならば、天分とまで行かなくても、適正を生かしての努力の方が、遙かに大きな実りとなる。

天才は、一パーセントの閃きと、九十九パーセントの汗だというではないか。もちろん天分に努力が加われば最高だ。

***経営の神様と言われる人も、人の目に触れないところで、血のにじむような努力をされたはずだ。

華やかに見えるところだけ見るのでなく、汗の部分を学ぶべきではなかろうか。

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2009年8月25日 (火)

藤原大士の一日一言 
202話 的を射てから、矢を放つ

ある弓の名人のエピソードだ。百発百中、あまりの腕前にある人が尋ねた。

「百回射たら、一回くらいは外れませんか」と。すると「的を射てから、矢を放つのだから、外れるはずがありません。」と笑って答えたそうだ。

矢が当たるか、当たらないか、つまり仕事が当たるか、当たらないかは、結果を見るまでわからないのではない。

まずありたい姿、作りたい形をはじめに描く。それも手に取れるほどに明確に。

するとそれに向かって、必要なこと、行うべきことが、自然に浮かび、あるいは身体が動いていくものだ。

しかし瞬時に描ききれないときには、この働きは出てこない。その仕事にとっての的を、射抜けるかどうかが大事なのだ。

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2009年8月24日 (月)

藤原大士の一日一言 
201話 結果がすべて 

経営者は、結果がすべてである。どんなに良いことであっても、机上の空論では意味がない。

しかし反面、結果がすぐに出なくても、やり続ける努力をすることも大事である。

** 今日の、一言は、8月22日のオープンセミナーの出だしの一言。
テーマは「経営者の姿勢を作る 心の磨き方」

結果を出しながら、心を磨く  心を磨きながら、結果を出す

いずれにしても、経営者は結果がすべて。

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2009年8月23日 (日)

藤原大士の一日一言 
200話 大地の鼓動

砂浴は、夏の期間限定の特効薬として、昨日お勧めした。

砂に入っていると、自分の心臓の音かもしれないが、ザクッ、ザクッという音が、大地から聞こえてくる感覚になる。

そして(顔にかけた帽子の間から)水平線が見え、そこまで自分の手足が届いているかのようだ。そして、どこまでが大地か、どこからが自分の身体かわからないくらい自然の中に溶け込むのを感じた。

人もまた自然の一員であることを感じる瞬間・・だ。

    * 出来れば砂が豊富で、そして潮の流れが強く、海水浴には適さない場所の方が、オイルや海水浴客の残した砂の汚れが少なく、砂浴には適しているそうだ。

砂から出ても、しばらくは毛穴から毒素が出続けているとも言われる。出来れば温水シャワーなどで砂を落とし、毛穴をすぐに閉じないようにするとよい・・

砂浴の後は、気だるく大変に眠くなる。ぐっすり寝た後は、身体から毒がぬけたという感覚になる。

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藤原大士の一日一言 
200話 大地の鼓動

砂浴は、夏の期間限定の特効薬として、昨日お勧めした。

砂に入っていると、自分の心臓の音かもしれないが、ザクッ、ザクッという音が、大地から聞こえてくる感覚になる。

そして(顔にかけた帽子の間から)水平線が見え、そこまで自分の手足が届いているかのようだ。そして、どこまでが大地か、どこからが自分の身体かわからないくらい自然の中に溶け込むのを感じた。

人もまた自然の一員であることを感じる瞬間・・だ。

    * 出来れば砂が豊富で、そして潮の流れが強く、海水浴には適さない場所の方が、オイルや海水浴客が残した砂の汚れが少なく、砂浴には適しているそうだ。

砂から出ても、しばらくは毛穴から毒素が出続けているとも言われる。出来れば温水シャワーなどで砂を落とし、毛穴をすぐに閉じないようにするとよい・・

砂浴の後は、気だるく大変に眠くなる。ぐっすり寝た後は、身体から毒がぬけたという感覚になる。

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2009年8月22日 (土)

藤原大士の一日一言 
199話 毒消しの妙 

昔、ふぐの毒に当たった人は、首まで土に埋めて毒を抜くと言われた。人は亡くなったら土に帰ると言うが、土や砂の浄化力はすばらしい。

夏の砂浴も、数時間で体内に知らずに溜まった毒素を驚くほど吸い出してくれる。

 

私自身、事前の尿の検査で、重症の糖尿か?と言われたが、二日間砂に入った後は、

なんと正常値になったという体験がある。

しかし私が出た後の砂には、たくさんの子バエがたかり、それだけ糖分が出て甘かったのかと、大いに反省した。

***砂浴とは、

砂浜に人が横になって寝られるくらいの穴を掘り、そこに寝て、上から砂をかけて数時間寝るだけだ。

注意事項は、顔だけは外に出ているので、そこに直射日光を浴びないようにすること。(ビーチパラソルなどの下で行うこと)

水分を少しずつ補給して、脱水症状にならないようにすること、当日晴れていても、前日雨の時は砂がしめっているので避けること、なるべく朝早くに入り、身体と相談して無理をしないことなどだ。

詳しく知りたい方は、「砂浴」で、検索してみられては。

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2009年8月21日 (金)

藤原大士の一日一言 
198話 あきらめのよい人

ちょっとやって結果が出ないと、すぐにあきらめてしまう人がいる。そういう人ほど「自分は、運が悪い」と言う。

しかし、そんなに簡単にあきらめられることならば、たいした願いではないのだ。

人のせいにしたり、棚ぼたを願うことは、他の人はいざ知らず、経営者のすることではない。

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2009年8月20日 (木)

藤原大士の一日一言 
197話 ただほど高いものはない

世の中に、ただほど高いものはない。なぜなら、「ただ」というものは、この世に一つもないからだ。

すべて、ものには、だれかの労力、行為、金銭、好意が加わっている。それを「ただ」と誤解するところに、歯車の狂いが生じるのだ。

相手の労力、行為、金銭、好意のいずれを踏みにじっても、目先の損得はともかくとして、長い目で見れば、よいことは一つもない。

直接の金銭で返さなくても、それに代わる何かで、必ず返すことを忘れてはならないのだ。

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藤原大士の一日一言 
196話 基礎と発展の法則

努力とそれに付随する伸び、そして物事の成果は、不思議な曲線を描く。初めのうちは、努力しても努力しても、なかなかに成果は現れにくいものだ。

一から十までは、一つ一つ積み重ねていくしかない。一見亀が歩むが如くだが、これが大事な基礎なのだ。その基礎をどれほど固めるかが勝負だ。

一つずつでも、十までの積み重ねが出来たときには、次は、十一、十二と進むのではなく、百、千、万という桁違いの開け方をする。

結果が現れないからと、そこで腐ったり、あきらめたりしてはならないのだ。

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2009年8月18日 (火)

藤原大士の一日一言 
195話 思いが、人生を変える

「親の後を継がねばならない」

「この役職を果たさねばならない」

人は、義務の心で向かったことに対しては、どこかで無理が生じている。

どうせなら「親の意志を継ぎ、その上で親の成し遂げられなかったことまで実現しよう」「この役職を喜んで果たそう」と切り替えてみよう。

自分の意志を前向きに乗せてしまうと、その先の気づきも、人生も、開けに変わって行く。

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2009年8月17日 (月)

藤原大士の一日一言 
194話 夢は大きく、行動は足下から

「いつか、下請けから抜け出したい」「いつか、経営が楽になりたい」こんな消極的な願いのまま、日々を過ごしてはいないだろうか。

消極的、かつ漫然とした願いのままでは、いつまでたっても叶わないことが多い。

夢を実現していくのは、自分自身なのだ。手に取れるほど、はっきりとした願いをもって進もう。

そして夢は大きく、行動は足下からで、今日一日を大事に過ごそう。

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2009年8月16日 (日)

藤原大士の一日一言 
 193話 「出来る自分」を想像する

人は成功体験に動かされる人と、失敗したときの記憶に縛られる人がいる。

しかし「また失敗したらどうしよう」「出来たらいいな。しかし出来るまで待ってみよう」とためらっては、物事は成就しない。

「出来ない」のではなく、「出来ないと思っている自分が、行動をためらわせている」だけではなかろうか。

まず「出来る自分を想像し、それに向かって行動することを始めよう」

人の本当の能力は、本人でも想像できないほど大きなものがある。

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2009年8月15日 (土)

藤原大士の一日一言 
192話  不可能の枠を外そう

大人になると、「出来ること」よりも、「出来ない自分」に縛られすぎる。

本当に出来ないのだろうか。不可能は自分が勝手に決めた枠ではなかろうか。

人の能力、物事の可能性は、今あなたが考えているより、遙かに幅広い、そして奥深い。

ただそれに気づかず、また行動しないから、手にすることが出来ないだけなのだ。

まず「不可能だ」と思うことをやめてみよう。

*** 一つの例として

「収入を倍にするなんて、不可能だ」をやめたらどうなるだろうか。

今まで目につかないことが、向こうから飛び込んでくるかもしれない。

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2009年8月14日 (金)

藤原大士の一日一言 
191話 三途の川はどこにある

「幟旗を立てて、みんなで一緒に三途の川を渡りましょう」と説法するお坊さんがいる。人は死んだら、必ず三途の川を渡ると思っている人が多い。だから棺に、「六文銭を入れて、三途の川の渡し賃にする」と言われていた。

しかし、それは地獄など低いところに行く人の場合だ。極楽に行く人に、三途の川はない。

「地獄、極楽」と言うが、あの世の行き先は、一律ではない。それはこの世での各人の生き様によって決まるのだ。やはり勧善懲悪は必要のようだ。

    ** 「みんなで渡れば怖くない」とばかりに、この世で悪いことのし放題の世の中だが、人が死んでも、魂は生き続けると知ったら、悪いことの半分以上は、なくなるはずだ・・・  (お盆の時期なので、少し仕事を離れて)

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2009年8月13日 (木)

藤原大士の一日一言 
190話 心の中の異なる声

「やろう」「いや面倒だ」

「よくないことかも」「しかし誰もがやっている」

「なんとしてもやり遂げるぞ」「しかし疲れた」

心の中には、時として相反する声が聞こえることがある。

もし弱気な思いや、よからぬ思いが、心をよぎった時は、そのままに流されるのではなく、「今のは、自分の本心ではない!」と直ちに否定しよう。

弱さに負けることなく、心の方向転換が出来る。

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2009年8月12日 (水)

藤原大士の一日一言 
189話 財源を確保しての政策を 

選挙に向けてのマニフェストなるものが出されている。どれも選挙向けの甘い言葉を並べているが、その財源はどこから出てくるのだろうか。

また民主党の発言の中で、「(財源の中には)埋蔵金もある」という話を何度か聞いた。

どのような意図で、またいかほどの埋蔵金なるものがあるのかは知らないが、こうしたお金は、大惨事の時や、国の大きな仕組みを変えるときなどに、使うべきではないだろうか。

家計費などでも、病気や特別の場合を除いて、生活費などに、今までの蓄えを食いつぶしたり、借金などで賄うのは、破綻の元とされている。

それでなくても破綻寸前の国の財政を、立て直すためには並大抵の覚悟では出来ないのだ。

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2009年8月11日 (火)

藤原大士の一日一言 
188話 腹に何を納めるか

「腹に一物、手に荷物」と言われたり、「腹黒い」とか、「腹に何かを溜める」などと言われて、腹については、あまりよくは言われないものだ。根に持つのも、腹である。

しかし腹、特に下腹にある臍下丹田に気を入れる 本当は魂を納めることが出来れば、今までの自分とは、全く違う自分本来の力を出すことが出来る。

そのためにも腹には、つまらない思いはためないのが良策だ。

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2009年8月10日 (月)

藤原大士の一日一言 
187話 開けの月 

外国では、ラッキーセブンという言葉があるが、日本では、八という数字は、末広がりに繋がる数字である。

また8は、無限大 ∞ をも表す。八月は、そういう可能性を秘めた月でもある。

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2009年8月 9日 (日)

藤原大士の一日一言 
186話 高速充電の秘訣 

外国のバカンスは、日本人には目を回すほど長いと聞くが、一生の中には、一ヶ月、二ヶ月の休暇をとって、本当に自分自身のすべきことや人生を見つめたりする、充電期間が必要かもしれない。

しかし、そこまでの長い休暇は、なかなか現実的ではない。ならば可能な限りの高速充電をしてしまおう。

休むときは、徹底して休む。

つい頭の中でいろいろ考えがちになるが、時にはそのすべてを空っぽにすることで、反対に新しいものを受け入れる空間が出来るかもしれない。

長い期間でなくても、その心の切り替えが、高速充電の秘訣なのだ。

***ちなみに夜休むときには、小さな電球も切って、なるべく真っ暗にして休むとよいのだそうだ。

人の脳は、目を閉じていても、目の奥の網膜で光を関知している。

そして網膜が光を感知しなくなって、はじめて脳の中の松果体というところから、睡眠を促すホルモンが出てくるのだそうだ。

人の頭で考えても出てこないホルモンの力で、人は回復もし成長もしていく。

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2009年8月 8日 (土)

藤原大士の一日一言 
185話 心の通い合いとお盆休み

夏期休暇、帰省ラッシュの季節が来た。

今年は、ETC格安の高速道路の影響か、例年よりも早く始まっているようである。

夏期休暇は、元々は「お盆休み」と言った。普段ふるさとを離れている人たちも、

共に親元に集まり、互いに元気な顔を見せ合い ご先祖様をお迎えするためのお休みであった。

親とも、子供とも、ご先祖様とも、互いに心の通い合うひとときであって欲しい。

*** マッサージの椅子があっても、親の肩を叩いたり、腰を揉んだりする心を大切にしたい。

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2009年8月 7日 (金)

藤原大士の一日一言 
184話 これからの時代に必要な人材

今までの採用、そして昇任の際には、一流の大学卒の肩書きがものを言ったが、これからも同じ基準でよいのだろうか。

一概には言えないが、一流大学を出た人は、少なくとも人よりも多くの知識を「覚えた」人・・の可能性が高い。

しかし、今の時代そうしたことならコンピューターの方が、よほど優秀なのだ。

それよりも機械には、決して出来ないこと たとえば考える力を持った人が、必要とされるのではないだろうか。

しかしそれを見分けることは、今までの人事マニュアルにはないことだ。

***これも「経験のない事への挑戦」かもしれない。  しかしその目を養えさえしたら、今の時代に合う企業発展の力を持つ社員を獲得できるチャンスでもある。

まだこうしたことが、社会的に価値を持っていないからだ。

まずはそういう気持ちになって見てはいかがだろうか。

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2009年8月 6日 (木)

藤原大士の一日一言 
183話 金銭では、購えない価値

この世には、ほとんどのものをお金で買う事が出来る。八割以上は、手にすることが出来ると言っても良い。

社屋を建設することも、優秀な人材を雇うことも・・だ。

しかしその社屋を生かし、優秀な人材に本気を出させるためには、金銭では購えない、ものが必要になる。

そのことに経営者が気づくか、そして実行出来るかが大事な分かれ目になる。

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2009年8月 5日 (水)

藤原大士の一日一言 
182話 インターネットと書物 

今、簡単に情報を得ようとしたら、手軽さ、早さ、便利さでインターネットに勝るものはない。

しかし「情報を得る」だけではなく「学びたい時」には、その人が書いた書物を読む事をオススメしたい。

本はそれを書いた人の考え方が、要約されている事が多い。

そして人間の脳は、光に微妙に反応する。文字の背後からパソコンの光を受けながらでは、知識や表面的な受け取りは出来ても、魂にずしんと来るものは得られない。

じっくり考えたり、深く学ぶ為には書物がよい。

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2009年8月 4日 (火)

藤原大士の一日一言 
181話 読書の量、読書の質 

あなたは、一ヶ月にどのくらいの数の本を読まれるのだろうか。

またそれはどんな種類の本なのだろうか。

大人になると経営に必要と思われる本、ノウハウ本や、反対に頭の疲れを取るために漫画などに走る事が多いと聞く。

しかし一月の中に、歴史小説などに目を通していくことも、大事ではなかろうか。

直接の営利に関わらないように見えるものの中に、意外な学びがある。

まだお読みでない方は、徳川家康などもオススメだ。

しかし全26巻、大変に長いが・・

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2009年8月 3日 (月)

藤原大士の一日一言 
180話 未経験を恐れるな

何か依頼すると「それは自分には、経験がありません」と、平気で言う人、二の足を踏むがいる。

 それは本人の人生を、停滞させるだけでなく、企業にとって、「発展の力は、全く持たない社員だ」ということになる。

どんな体験でも、必ず初めての時はある。

はじめがなくて、二度目はない。

だからこの言葉は、やる気がないか、人生を開く気がない人の言葉なのだ。

社内に、はやらせてはならない言葉の一つではなかろうか。

*** こんな言葉を部下から言われたらどう接しますか? 

  

「チャレンジ○○」などの標語が、社内に出されるのなどは

その対策の一つだ。挑戦しようという空気が社内に蔓延しているときに「経験がない。だから自分に振られるのはイヤ」とは言いにくいのだ。

しかし目の前で言われたときには、

「初めてなら余計に慎重にやれ。君なら出来る」というか

「その言葉は、やる気のない証拠だ。ツラを洗って出直せ」と一括するかは

相手の態度次第である。

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2009年8月 2日 (日)

藤原大士の一日一言 
179話 オヤジの背中  

「親の背を見て子は育つ」と言うが、企業を一つの家族と見たときには、社員は、社長、あるいは上司の背を見て育つ。

社長は、社員の育成も大きな仕事だ。

直接手に取らなくても、その背中を見せて、付いてこさせるだけの気概を持ち続けていくことが大切である。

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2009年8月 1日 (土)

藤原大士の一日一言 
178話 電波時計の妙 

普通の時計は、ほんのわずかずつでも、早くなったり、遅くなったりと時間がずれていく。

しかし電波時計は、一日のある一定の時刻に、正確な時間に調整してくれるため、

ずれが大きくならず、正確な時刻だ。

人も同じように、気がつかない間に、毎日少しずつでも、ずれを生じているかもしれない。

心のずれ、健康のずれ、人生のずれ、それを調整するのには、毎朝の朝日を浴びることだ。

毎日すれば、わずかのずれですむ。

ただ歩きながらなどではなく、気合いを入れて良く浴びることだ。

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