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2009年11月30日 (月)

藤原大士の一日一言 
295話 お金になる価値

先日、買い物のおつりに貰ったお札を見て、一瞬、「偽札か?」と思ったが、正真正銘の二千円札だった。

「金のために働く」「金が全て」と言われる世の中だが、世の中に通用しないお金は、ただの紙切れに過ぎない。

要はお金になる事とは、「世の中がその価値を認める」「対価を払っても、手に入れたい」ということだ。

「何を?」「どうすれば?」自社の仕事において、その価値を高め、あるいは知らしめることが出来るのであろうか。

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2009年11月29日 (日)

藤原大士の一日一言 
294話 甘やかせすぎず、頼りすぎず

本当に病が重い時には、全てを病院なり、家族なりにして貰う。

しかし良くなってきた時には、少しずつでも、自分自身で行う事が大切。

簡単なようで、意外にこの切り替えが出来ず、病に逆戻りしてしまう人が少なくない。

休めるところは、十分休めながらも、自分を甘やかせすぎず、薬に頼りすぎず、

身体が本来の力を出せるよう心がけよう。

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2009年11月28日 (土)

藤原大士の一日一言 
293話 健康法、三段階

「健康法」は、一つのものと思ってはいないだろうか。

健康な人が、その健康を維持するための健康法、

風邪を引くなど、日頃の体調を崩した時に行う回復法、

病気が身体に根を張り、巣を作ってしまった時に行う回復法 

病気で身体が弱っている人に、健康な人と同じ方法をとって、いいはずがない。

また病から回復してきた時に、いつまでも病の時のままの方法をとっていては、

本当の健康を手にすることは出来ない。

  

★ 健康な時と体調を崩した時 使い分けのヒント

湯たんぽなどで、お腹や足先などを暖める事で、いろいろな不調が回復していくことは事実だ。

しかし・・ある段階まで、健康が回復してきたら、常時湯たんぽに頼っていると、自分の身体の中からの発電が出来なくなる。

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2009年11月27日 (金)

藤原大士の一日一言 
293話 本当の勝負

相撲の勝負で、土俵の外に押し出されてしまうことを、「土俵を割る」と言う。そして勝敗は決する。

どんなに土俵際まで追い詰められても、そこで踏ん張り、土俵の外に押し出されなければ、見事な逆転を納める事も出来る。

相撲だけでなく、どんな仕事でも、それぞれの土俵の中での、勝負がある。

俵に足がかかっただけで、勝負を早くあきらめる人が多いが、土俵を割ったら終わりなのだ。

しかし「もうダメだ」と思ったところから、本当の勝負が決まるのだ。

人生あきらめてはいけない。

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2009年11月26日 (木)

藤原大士の一日一言 
292話 日々積み上げてこそ

人は、ただ年月が過ぎれば、変わるのではない。

「何才になったら、出来るようになる」のではなく、

「何才になるまでに、こうなろう」と

自ら目標設定し、日々積み上げていってこそ、人は、大きく成長することが出来る。

ただ漫然とその日その日を過ごして、年月が過ぎたら、人は変わるだろうというのは、甘過ぎる考えだ。

何もしなくても、年月と共に確実に変わるのは、年を取っていくことくらいだ。

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2009年11月25日 (水)

藤原大士の一日一言 
291話 ぴりっと締まる

オヤジの時は、会社全体がぴりっと締まっていたのに、自分に引き継いだ途端、なんだかだらけている、と感じることはないだろうか。

そんな時には、外から見ても確実に会社内の空気が変わっている。

しかし反面、その人がいるだけで、ぴりっと締まるのも、また事実である。

中心に立つ人による影響力とでも言おうか。

これが統率力の差であろう。

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2009年11月24日 (火)

藤原大士の一日一言 
290話 緩急自在

「自分に厳しくせよ」と伝えると、ガチガチに凝り固まってしまう人がいる。

正しくは、「厳しい部分は、徹底して厳しく」

しかし反面、その厳しさを持続できるための、「緩める」一面も持ち合わさなければ、本当の力と厳しさは出ない。

物事を自由自在に操るためにも、自分自身の中の緩急は大切にしたいものだ。

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2009年11月23日 (月)

藤原大士の一日一言 
289話 働くことに、感謝!

日本人と外国の人では、勤労に対する考えが、根本的に異なるという。

かつて高度成長期に、「エコノミックアニマル」などというありがたくない呼び方をされたが、自分が必要とされる仕事、使命感をもって打ち込める仕事に情熱を注ぐのは、日本人の本質ではなかろうか。

今日は、勤労感謝の日である。

神道では、新嘗祭(にいなめさい)と言い、神様に感謝をする日だ。

働くことに感謝!生きていることに感謝!

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2009年11月22日 (日)

藤原大士の一日一言 
288話 最高の胃腸薬

「自分の弱い胃を治してくれたら、100万ドル出す」と言った大金持ちがいたとか。

医者から、知識人、さらには占い師から超能力者まで現れて、ありとあらゆる方法が出されたそうだ。

しかし・・なんと100万ドルを手にしたのは、「よく噛んで食べなさい」というアドバイスだったという。

神経を使うと、胃がきりきりと痛む事もある。

ついつい胃腸薬に頼りたくなるが、よく噛んで食べること、そして人の身体から出てくる唾液が、最高の消化剤であり胃腸薬なのだ。

    食事と同じくらい薬を飲む人もいるが、外から頼るだけでなく、人体の不思議、大いなる力を見直してみてはいかがだろうか。

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2009年11月21日 (土)

藤原大士の一日一言 
287話 大自然の懐

東北の八甲田に酸ヶ湯温泉というところがある。

雄大な自然に抱かれた中の一軒宿で、千人風呂と言われるヒバ造りの大きな湯船と

混浴で有名な所だ。

湯船で、のびのびと手足を伸ばすと、山の神気がそのままに入ってくる気がする。

人、一人は小さいが、伸ばした手足が、そのまま雄大な自然と一体となれる心地がする。

    混浴といっても、女性専用タイムもあり、また他にも、男女別の浴室もあるので女性の方もご安心を。

しかし、気にならないくらい、大らかな気分になれるかもしれない。

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2009年11月20日 (金)

藤原大士の一日一言 
286話 慎独がなぜ大切か?

アサヒビール名誉顧問の中條高徳様は、かつて士官学校で、「人が見ていない所こそ、身を慎め」と教わったそうだ。

この「慎独」は、戦場で部下の命を預かる立場として、最も厳しく叩き込まれた一つと伺った。

戦場では、「任務中に気を抜くことは、即、死に繋がる可能性がある」からだ。

それは、上司が見ていようと、見ていまいとに関わらず・・だ。

部下の命を守るためにも、自分の目が届かないところで、任務中の部下に気を抜かせてはならない。

だからこそ上に立つ立場の者が、まず身をもって示す必要があったのであろう。

    部下に、「自分のいないところでもサボるな、しっかりやれ」と言う前に、上に立つ立場の者が、まず人の見ていない所でこそ、身を慎まなければならないのでは。

    人を変えたいと思えば、まず自分を変えることでは・・

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2009年11月18日 (水)

藤原大士の一日一言 
284話 自社との相性は?

職場に、何しに来ているかわからない人がいる。

働く気があるのだろうかとさえ思われる。

「いったい何しに来ているんだ」と怒鳴りつける前に、その人が、現在の仕事に合っているか、自社との相性がいいかどうか、少し離れて見てみてはいかがだろうか。

相性というと、恋愛だけのように感じられるが、自社と相性が悪いということは、決定的なものだ。

職場が土壌だとしたら、人材はそこに植える植物だ。

そう考えると、水田に何を植えたらいいのかは、自明の理だ。

いい人材というのは、各社一律のものではないのだ。

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2009年11月17日 (火)

藤原大士の一日一言 
283話 より大きな閃きと力を得る

    * 昨日の二宮尊徳氏の続き・・を

二宮尊徳氏は、成田山のお堂に籠もり、断食を続けて、朝晩に冷たい井戸水をかぶり、「桜町の立て直しが叶うようにと」祈ったそうだ。

その後で「もう迷いはない。

自分は、今まで自分側の半分しかものを見ていなかった。もっとひろく全体をみることにした。お不動様に教えられたのだよ」と話したとか。

そしてその後に、見事、町の立て直しに成功する。

物事成就のために、真剣に祈ること、

覚悟を決めて立ち向かったときに、

神仏は、より大きなお力や閃きを

与えて下さるのではなかろうか。

** ちなみにこのときの井戸は、今も残っているそうだ。

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2009年11月16日 (月)

藤原大士の一日一言 
282話 「もうダメだ」のその前に

二宮尊徳さんは、たくさんの町や村の立て直しをしたが、一番ご苦労をされた町は、人の心が荒れ果てているところだったようだ。

年貢の取り立てが厳しく、働く喜びも、希望もなくした人たちは、次々に町から夜逃げをし、また別の所からは、立て直しに対しての悪質な妨害や讒言にあっている。

何年かかっても、ほとんど変化が見られず、流石の尊徳氏もあきらめかけた時があるという。

** どうやって乗り切ったのでしょうか? 

二宮尊徳氏は、その時に成田山の新勝寺に行き、長いこと座禅を組み、断食をした。

そこで背中に火を背負っておられるお不動様のように、たとえ自分の背中に火が付いても、逃げてはいけないのだと腹を決められたという。

そして見事、その町の立て直しが出来たとか。

そこまでの覚悟をもって臨んだとき、いかに不可能に見えたことでも、可能に出来たのではないだろうか。

ちなみに尊徳氏は、何度も立て直しの依頼を断ったが、懇願されて引き受けたときに、小田原の家屋敷を売り払って、奥さんにこういっている。

「自分と別れてもいいのだぞ。これから行く所は、しばらくは地獄の暮らし。

小田原に戻れるかどうかもわからない」と。

しかし、それだけの覚悟をしていても、その時は、まだ背中に火は付いていなかったのだ。

「もうダメだ」とあきらめるその前に、大切な話では・・

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2009年11月15日 (日)

藤原大士の一日一言 
281話 「今」が大切

神道の教えで、「中今の教え」というものがある。

それは現在、過去、未来の中で、現在に最も価値があり、今のこの瞬間、瞬間を何よりも大切にする、その心意気で生きるという教えだ。

じたばたしても、過去は変えられない。

未来は、現在の過ごし方から生まれていく。

「明日があるさ」「明日やればいいさ」と先延ばしにせず、「今しかない」「やるのは、今しかない」という考え方だ。

現代人にとって、最も大切なことではないだろうか。

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2009年11月14日 (土)

藤原大士の一日一言 
280話 健康のご褒美

よく手を動かす人は、年配になっても、健康でいられるという。

今は、機械やいろいろ便利な道具が増えて、自分の手足を動かさなくても、事が足りる事が多くなった。

しかし日常から、意識して手足を動かすことを、心がけてはいかがだろうか。特に痴呆症に効くのでは?

何年か先、あるいは何十年か先にも、健康というご褒美が待っているかもしれない。

*** 急に寒くなってきたようです。

比較的暖かい小田原でも、木枯らしが吹く日が、何日か続いている。

でも縮こまらずに、身体を動かそうと思う。

インフルエンザもはやっているが、風邪にも木枯らしにも負けずに頑張ろう!

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2009年11月13日 (金)

藤原大士の一日一言 
279話 事実を事実として見る

経営者は、机の上でデータをもとに、予測するだけでは真実はつかめない。

事実を事実として見ることは、簡単なようで、意外に出来にくいことだ。

先入観や、希望的観測、あるいは憶測などで、物事を見てはいないだろうか。

人は意識していないようで、意外に色眼鏡を、かけて物事を見、判断しているものである。

今日は、政府の事業仕分けについて もう一言 

 政府の事業仕分けの合い言葉は、

「不要不急の事業は、切り捨てる。似たような事業は、合わせる」だ。

国際的な拠出金の中には、不要不急なものはないのだろうか。

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2009年11月12日 (木)

藤原大士の一日一言 
278話 ゆとりと緊張 

経営者は、どんなに苦しくても、社員に弱音を吐くことは出来ない。

社員に頼られることはあっても、自分が頼ることは出来ない・・

本物の経営者を目指そうとすると、社内では、本当に孤独だ。

それに耐えられるように、自分を鍛えているだろうか。

また、張り詰めすぎないように自分をほぐし、ゆるめることも大事だ。

自らの中に、ゆとりと緊張を共に供えた経営者を目指すことが理想だろうか。

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2009年11月11日 (水)

藤原大士の一日一言 
277話 予兆は目の前に出ている

先は読めにくいようでも、その気になれば、予兆は至る所に出ているものだ。

しかしそのことに関心がないときは、目の前にあっても、見過ごしてしまう。

予兆を捉える感性を養うには、まずそのことに関心を持つことだ。

人は、必要としていないことには目が向かず、従って目にも入らないようだ。

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2009年11月10日 (火)

藤原大士の一日一言 
276話 統計が、役に立たない時代

統計を参考に、今までいろいろな判断を下していた。

しかし最近は、統計にないこと、今までの常識では考えられない事が、自然現象だけでなく、経済の動きでも出ている。

そのことを前提に、むしろ統計は役に立たない時代をどう乗り切るか、いわゆる予兆を見逃さない感性を養うことが大事ではなかろうか。

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2009年11月 9日 (月)

藤原大士の一日一言 
275話 自分よりも優秀な人を

経営者は、全てにおいて優秀である必要はない。

むしろ自分よりも優秀な人の力を、集め、生かしていく事が、大きくなるためには大切なこととなる。

それぞれの分野においては、その専門の人がより優秀で当然なのだ。

全体から見て、総合的に判断する力、統率する力こそが、経営者に必要なことではなかろうか。

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2009年11月 8日 (日)

藤原大士の一日一言 
274話 自分で立ち上がる 

子供の頃、転んだ時どうしていただろうか。

地面にひっくり返ったまま泣き叫んでいる子。

両手をついて、お尻からでも自分で立ち上がる子。

それぞれの過程を経ながら、大人になった。

今、転んだ時、人生に躓いた時、行き詰まった時、どうされているだろうか。

誰かが、起こしてくれるのを待って、しゃがみ込んではいないだろうか。

誰かに「起こして貰おう」と待っていても、「誰も、何もしてくれない」ということになる。

人は、自ら立ち上がろうとしている人にこそ、手を貸したり、力を貸してくれるのではなかろうか。

自分で立ち上がるしかない。

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2009年11月 7日 (土)

藤原大士の一日一言 
273話 紅葉狩り 

日本は、四季のある美しい国だ。

コンクリートの建物やエアコンの中で、日常は、季節を感じにくいとしても、

休日は、少し目を転じて、自然の変化に、心和ませてみてはいかがだろう。

紅葉の美しい季節、少し足を伸ばして、紅葉狩りなどに出かけては・・・

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2009年11月 6日 (金)

藤原大士の一日一言 
272話 空しい議論は、やめよう

どんなに議論で相手を打ち負かしても、議論のための議論、相手を倒すための議論では、意味がない。

また机上の空論が、無駄なように、話し合いだけで、何も実行しない打ち合わせなど、無駄以外の何物でもない。

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2009年11月 5日 (木)

藤原大士の一日一言 
271話「今回くらいいいだろう」は命取り?

「今回くらいいいだろう」「このくらい許される」が、だんだん麻痺して、それが日常になっていくことが怖いのではなかろうか。

毎日、少しずつすることは、本人でも気がつきにくい。

「ダメなものは、ダメ」と自分の中で、はっきり一線を敷いて、自らを律していくことが必要ではなかろうか。

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2009年11月 4日 (水)

藤原大士の一日一言 
270話 ルール違反は、退場

「自分さえ良ければ」の経営は、世の中の害毒になりかねない。

「自分さえ良ければ」「自社さえ儲かれば」と突き進むと、人の健康や幸せを奪うものを、製造し販売する事が平気になる。

自分がして欲しいことを、人にする。

自分がして欲しくないことは、人にもしないのがルールだ。

ルール違反は、必ずどこかで退場を言い渡される。

 こんなイエローカード、あるいは一発退場があったのでは

食品偽装が、次々に暴かれていって時などは、老舗、一流と目されているところが、その実態をさらされた。

残念ながら二度と食べたくないと思われ、倒産したところと、何らかの切り替えをして、営業再開をしたところがあった。

せめてイエローカードくらいのうちに、気づいて切り替えようと言いたいところだが、経済の場合は、暴かれた時には、一発退場を言い渡されることが多い。

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2009年11月 3日 (火)

藤原大士の一日一言 
269話 七転び八起き

失敗は、決して望ましいことではないが、失敗から学ぶことも多い。

失敗した事だけにとらわれ、「もうダメだ」と、落ち込んでいるだけでは、何も解決にならない。

「七転び八起き」という言葉もあるではないか。

その失敗から、何かを掴み、自分を育てて立ち上がればいいのではないか。

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2009年11月 2日 (月)

藤原大士の一日一言 
268話 知識は、生かしてこそ

知識を山のように蓄えても、倉庫のように自分の中にしまい込むだけでは、何の意味もない。

ものは生かしてこそ価値がある。

知識も、それを使って初めて、生きた知恵となる。

それも、世の中のために役立ててこそ、初めて真価を発揮するのだ。

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2009年11月 1日 (日)

藤原大士の一日一言 
267話 病気に捕まる?

病気を意識しすぎると、かえって病気に捕まりやすい。

なぜか癌の研究者が、うつる病気でないのに、癌で亡くなることが多いそうだ。

また栄養食品や健康法に気を遣いすぎる人ほど、不思議と不健康な顔色をしていることがある。

むしろ明るく、今ある人生に感謝し、なすべき事などに前向きに取り組もう。

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