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2009年12月31日 (木)

藤原大士の一日一言 
327話 一年の感謝

新しい年を迎え祝う前に、今年一年の感謝をしたい。

年の移り変わりは、「今」という時が、二度とないかけがえのないものだと、

改めて噛みしめる時。

昨日があり、今日があり、明日に続く・・

明日も、来年も、顔を上げて、背筋を伸ばし、大手を振って進んでいこう。

年末に当たり、一年間ありがとうございました。

皆様もどうぞ良いお年をお迎え下さい。

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2009年12月30日 (水)

藤原大士の一日一言 
326話 床の間とお年玉

歳神様をお迎えするところは、原則床の間だ。

鏡餅も、床の間に飾る。

床の間のあるご家庭は、掛け軸をお正月のめでたい図柄などに掛け替えて、お正月を歳神様と共に祝う。

そして三宝に(なければ、きれいなお盆に半紙など敷いて) 子供達へのお年玉を乗せておく。

歳神様の、「玉()」の籠もったものだから、「お年玉」という。

子供達は、一年毎に大きく成長する。

その年の健やかな成長と、幸を歳神様に願おう。

    私の子供の頃、父が家族で新年の挨拶をした後で、三宝に乗せておいたお年玉を一人ずつ渡してくれた。

こうした意味は、知らなかったかと思うが、 昔からの習慣として、自然にしていた。

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2009年12月29日 (火)

藤原大士の一日一言 
325話 歳神様を迎える

「新しい年を迎える」とは、

新しい年の歳神様をお迎えすることだ。

玄関に門松を立て、松飾りを飾るのは、歳神様をお迎えする準備。

歳神様は、新年に先駆けて、十二月三十一日の朝、その家に来られる。

人の世界の人事の引き継ぎのように、旧年の神様とその家を守る引き継ぎをされるのだ。

その時にお迎えの準備が出来ていなければ、歳神様は、その家、あるいはその会社に入られない。

だから三十日までに、松飾りの準備をしてお迎えするのだ。

一夜飾り(三十一日に飾る)のがダメなのは、その為だ。

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2009年12月28日 (月)

藤原大士の一日一言 
324話 「けじめ」を大切に

日本人は、本来「けじめ」を大事にした。

一日の始まりと終わり、一年の区切り、人生の分岐点での区切り・・

単なるしきたり、形だけのものと思うかもしれないが、その「けじめ」があるから、年輪や竹の節目のように成長する。

「なぁなぁ」「だらだら」は、人の心をだらけさせる。

けじめとメリハリのある人生をすごすためにも、今年の仕事納めを、有意義に締めよう。 

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2009年12月27日 (日)

藤原大士の一日一言 
323話 社長の力、オヤジの権威

「長」と名の付く人で、名実共にその力を発揮出来ている人は、どのくらいいるだろうか。

「名ばかりの社長」や「オヤジの権威失墜」などと言われるが、何が足りないのであろうか?

個々の力量や、根性などの問題もあるが、もっと根本的な力が、欠如しているからではなかろうか。

今の教育は、ある人が抜きんでて前に出ることを嫌う。

皆、平等に、平均にということをたたき込まれすぎて、社長の本来有るべき姿を、見失っているのではなかろうか。

    「根本的な力」とは、何だと思われるだろうか?

かつては怖いものの代名詞に、

「地震、雷、火事、オヤジ」といった・・が。

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2009年12月26日 (土)

藤原大士の一日一言 
322話 鏡餅を飾る意味 

お正月には、鏡餅を飾る。

何故重ね餅になっているか、ご存知だろうか。

それは日と月、太陽と月、その双方の力が凝縮してそこに籠もる姿を現している。

一年の初めに、鏡餅を飾るのは、すがすがしい中で、そのお力をお受けするためだ。

特に「社長」「家長」と言われる人にとっては、単なるしきたりではなく、かけがえのない力となる。

    販売されている鏡餅の中には、

パックになっていて、中に小さな丸餅がたくさん入っているものがある。

あれでは、力は入らない。

購入の祭には、よくご確認のほどを・・

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2009年12月25日 (金)

藤原大士の一日一言 
321話 皆で渡れば、怖くない?

「赤信号、皆で渡れば怖くない」と言うが、本当だろうか。

とんでもない「皆で渡るからこそ、危ないのだ」

バブルにしても、地球温暖化にしても、皆で渡って、おかしい、いけないと知りつつ、やり続けた結果ではなかろうか。

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2009年12月24日 (木)

藤原大士の一日一言 
320話 入り口を塞がずに

入り口からは、良いものばかりが入ってこない。

時には、ありがたくないこと、不快なことも入ってくる。

電話、メール・・今や、必要なことの数よりも、迷惑なもの、不快なもの方が多くなっている。

携帯電話もパソコンも、そんな諸々の事柄と、今年も、共に戦ってくれた分身だ。

大掃除などの時には、真っ先に磨いて、機械であっても、一年の労をねぎらおう。

良いことが入ってくるのも、また入り口から。

決して心の入り口を塞がずに、前進しよう。

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2009年12月23日 (水)

藤原大士の一日一言 
319話 不信感をぬぐうには

信用は、一つ一つ積み上げていくものだが、失敗は、たった一つでも一瞬にして、

今までの全てをぶち壊してしまうことがある。

信用は、目に見えるものではない。

人の心に芽生えた不信感をぬぐい去るには、十倍の努力をして初めて、スタートラインに立てるものだ。

そのくらいの覚悟で臨もう。

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2009年12月22日 (火)

藤原大士の一日一言 
318話 一陽来復の日

今日は、二十四節気の冬至だ。

一年で一番昼が短い日であると同時に、一陽来復の日と呼ばれる。

今日を境に、一日毎に昼が長くなる。

今日が仮に最低であったとしても、今日を乗り越えた人は、明日より少しずつでも良くなって行く。

人生も良い時ばかりではないが、永遠に悪い時が続くのではない。

必ず春は来る。自然がそう教えている。

    今日、カボチャを食べ、ゆず湯に入ると、風邪を引かないとか・・

ゆずの香りのお湯にゆったりとつかるのも、一年の疲れが、柔らかく溶けていくかもしれない。

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2009年12月21日 (月)

藤原大士の一日一言 
317話 鏡の効用

立場が高くなるほど、周囲の人の言葉には、「おせじ」や「追従」が増えてくる。

「耳痛い言葉」や「自分の欠点」を指摘してくれることは、「まずない」と思った方がいい。

ならばどうするか。

自分で、自分の心や姿を写し出す鏡を持つことなのだ。

自分の本当の顔は、誰しも見ることは出来ないが、鏡に写すことは出来る。

誰も指摘をして貰えない立場だからこそ、真実を写し出す鏡を大事にしよう。

◆まず疲れた顔、覇気のない顔、弱気な顔はしていないか、自分で見つけ出そう。

「いい顔」になって、今年も乗り切ろう。

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2009年12月20日 (日)

藤原大士の一日一言 
316話 鏡と向き合う

「神道は、挨拶に始まり、挨拶に終わる」と言われる。

そのくらい挨拶は、大事なものだ。

自分の心を正す、そして向き合う。

しかしどこに焦点を合わせて挨拶するか、ご存じだろうか。

神社に行っても、神棚を見ても、仏教の仏像のように、はっきりとした対象がない。

鏡を通じて、神様にご挨拶をし、鏡を通じてお願いをするのだ。

そして自分の中にある分け御霊と合わせる。

これが本当の合わせ鏡なのだ。

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2009年12月19日 (土)

藤原大士の一日一言 
315話 本霊と分霊

神様は、どこにおられると思われるだろうか?

「神様は、天の高いところにおられる」と言う人と、

「神様は、自分の中に宿っておられる」と言う人がいる。

どちらも半分正しく、しかし全てではない。

天の高いところにいらっしゃるご本体としての神様と、

人が誕生する時に「分け御霊」として分け入れてくれている神様。

各人の中には、神様の魂が「分身」として宿っておられるのだ。

だから自分を粗末にしたり、自ら命を絶ったりすることは、絶対にしてはならないのだ。

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2009年12月18日 (金)

藤原大士の一日一言 
314話 準備と辛抱で時を得る

「時期を待つ」と言う言葉がある。

どんなにいいと思われる企画や案でも、それが「時代に早すぎる時」には、準備を整えつつ、「時を得る」まで、待つほうがよいこともある。

「待つ」には、「行動を起こすのを待つ」場合と、「行動しつつ、結果が出るのを待つ」二通りがある。

準備と時が一致した時には、想像以上の結果が出る。

しかし何の準備も整えず、ただ待つだけでは、意味がない。

準備と辛抱、そして時期を見る目を養おう。

◆サーフィンはしたことがないが、最も良い波が来た時に、すかさずそれに乗れるように・・だ。

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2009年12月17日 (木)

藤原大士の一日一言 
313話 運を味方につける

「運の良い人、悪い人」と言うが、本当だろうか。

確かに、運の良し悪しはある。

しかし如何に運のいい人でも、それを活かせる人と、運をつかみきれず、時を過ごしてしまう人がいる。

巡ってきたチャンスを逃がさないためには、全てにおいて、後回しにしない習慣をつけることだ。

また現状に甘んじず、また不満を言わず、常に前向きに行動していくことではなかろうか。

◆「チャンスに前髪はあるが、後ろはハゲている」

という言葉もある。

巡ってきたチャンスは、後回しにせず、しっかりつかみとろう。

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2009年12月16日 (水)

藤原大士の一日一言 
312話 小沢発言について

小沢氏は、宮内庁長官に対して「辞職してから言うべきだ」とか、憲法や民主主義を知らぬ人の発言だ」「天皇との会見は、一月以上前に提出しなければならないと誰が決めたのか、法律に規定しているわけではない」と批判したが、国会の運営自体、慣例によってなされていることは多いはずである。

また天皇は日本国の象徴であって、民主党の象徴でもなければ、ましてや小沢氏個人の下僕などではない。いかなる国のいかなる要人であろうと、日本国の象徴にふさわしい対応をすべきであって、憲法を知らぬのは小沢氏のほうではないか。

媚びへつらった今回の処置は、他の国からの要請があった時の禍根となろう。

もっと日本国としての毅然たる態度の取れる政治家をこそ望みたいものである。

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2009年12月15日 (火)

藤原大士の一日一言 
311話 「動き、動かす」の原理

頭で考え、理論で推し進めようとしても、物事は動かないことがある。

「みんなで渡れば怖くない」式のものは、不和随行型で、みんなの意見のようでも、いざという時には弱いものである。

机の上ではわからない「動き、動かす」の原理は何か。

それは大自然の法理に基づく信念と胆力である。

    頭で考え、あるいは欲得で臨んでも、物事は動くと思うであろうか。

確かに一時的には、動くように見えるが、良い方向に動くのではない。

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2009年12月14日 (月)

藤原大士の一日一言 
310話 新たな推進の時

物事を改革したり、新たに推進していこうとする時、必ず反対の声は出る。

それも利害の対立する相手だけでなく、身近なはずの人や側近から、最も強く出ることすらある。

そんな孤立無援の時、それでも進めようという信念が持てるだろうか。

反対の意見も良く聞き、心を鎮めて、冷静に判断して、「よし」となったときには、前に進む決断と勇気も、必要ではなかろうか。

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2009年12月13日 (日)

藤原大士の一日一言 
309話 背筋を伸ばそう

背を丸めていると、血流が悪いだけでなく、いい発想も出てこない。

仕事の合間に、「伸び」をするなど、背筋を伸ばそう。

身体だけでなく、心の縮みも伸ばしてくれる。

「ぐーん」と伸ばして、前を見よう。

    そして週末などには、

軽い「身体のほぐし」をしてみては・・

  

  共に戦ってくれた身体も、いたわろう。

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2009年12月12日 (土)

藤原大士の一日一言 
308話 現状打破

人は、とかく現状に不満を言うが、本当に、そこから抜け出す努力をしているだろうか。

仮に「現在の下請けの立場」が

「耐え難きを、耐え」と思うならば、

「どうしたら、そこから抜け出せるか」あるいは

「どうしたら、相手から頼まれる立場になることが出来るか」を、考えるべきである。

現状打破は、誰でもない。自分がすることなのだ。

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2009年12月11日 (金)

藤原大士の一日一言 
307話 強く、したたかに 

人は順調な時には、頼まなくても寄ってくるが、いったん不遇になると、潮が引くように周りからいなくなる。

時には「あんなに面倒を見たのに」と思う人から、糾弾を浴びせられたり、仕事を横取りされたりする。

辛いが、人の真実の姿が浮き彫りになる時でもある。

だから乗り越えた時、挫折をしたことのない人と比べ、強く、したたかな力を身につけることが出来る。

「転んでも、ただでは起きない」

仮にこうした状態になっても、何かを掴み、必ず立ち上がろうではないか。

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2009年12月10日 (木)

藤原大士の一日一言 
306話 心の汚れを残さないために

「トイレの掃除をすると、よい」という話は、いろいろなところで聞くと思う。

しかし何故良いのだろうか。

トイレは、人の身体で不要になった物を出すところ。

出さないと具合が悪くなる。出すとすっきりする。

それは心に溜まる汚れも同じ事だ。

怒りや不満がでない人はいない。

それを自分の中に抱え込まないためには、トイレの掃除が一番なのだ。

ただ掃除をするのではなく、

「心や魂の汚れを磨く」と思ってしたときに、

長年の心の弱さなどが、消し飛んだ人もいる。

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2009年12月 9日 (水)

藤原大士の一日一言 
305話 責任者の真価 

    304話「仕事に頭を下げる」のご質問について

「仕事に頭を下げる」そう思って試みましたが、

先方の顔をみると、とてもそれどころではなかったです。

どうしたら切り替えられるでしょうか?

企業でも、警察でも、学校でも、そこで何らかの不祥事などが起きたときには、

誰が謝るのだろうか?

当事者はモチロンだが、いずれのところでも、責任者が、記者会見の場などで頭を下げている場面を見る。

目の前のカメラの放列や、記者の質問などには、感情を抑えかねることもあるだろうと思う。

しかしその時に、「部下がしたことで、自分が詫びる事ではない」「自分はあずかり知らない」と逃げることは出来ない。

それが責任者の辛さであり、だからこその責任者だ。

その時に頭を下げる相手は、目の前の記者団ではなく、自分の仕事、自分の責任に対して頭を下げるのだ。

それを自覚すれば、同じ「詫び」も、心と魂が籠もり、相手にその誠意も伝わるのではなかろうか。

    これはなにも記者会見だけではない。

仕事においての取引先に対しても同じことなのだ。

責任者の真価は、平常時にはわかりにくい。

いったん事が起きたときにどう考え、対応するかで決まる。

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2009年12月 8日 (火)

藤原大士の一日一言 
304話 仕事に頭を下げる

取引先や、目の前にいる人に頭を下げていると思うと、腹立たしいことも、数々あるかもしれない。

しかし、仕事において、頭を下げている相手は、目の前の人ではなく、「自分の仕事に頭を下げている」のだ。

自分の仕事を大切に思えばこそ、いい仕事も出来る。

今日も、「自分の仕事に頭を下げ」いい仕事と、いい一日を過ごそう。

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2009年12月 7日 (月)

藤原大士の一日一言 
303話 実践に、結びつける

今まで、聞いた話や学んだことが、どのくらい実践に結びついているだろうか。

数多くのセミナーなどに参加し、経営のヒントや人生の指針など、自分でも書物を書けるほどに、知識が豊富な人でも、それが何らかの形で生かされなければ、社員を守ることも、会社を発展させることも出来ない。

ただ「いい話を聞いた」「すごいなー」と感心するだけではダメなのだ。

どう自社に生かすか、その問題意識を持って聞き、たとえ一つでも、実践に結びつけることで初めて繁栄に繋がるのだ。

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2009年12月 6日 (日)

藤原大士の一日一言 
302話 薬の排出機能は?

人の身体には、食べ物を消化し、栄養となし、また不要となったものを大小便などで排出する機能がある。

しかし「薬を排出する機能」は、持ち合わせていない。

体内に入った薬は、基本的に体内にとどまったまま、よほどのことがない限り外に出ることはない。

薬は、本来身体にとって異物だ。

溜まれば溜まるほど、体内の流れは悪くなり、身体の本来の力は弱まる。

    今後、土日などに、自然治癒力の高め方など、少しずつご紹介していく予定。

本当の健康で、生涯現役を目指そう!

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2009年12月 5日 (土)

藤原大士の一日一言 
301話 薬は、毒?

薬は、本来痛み止めとして、使用していた。

辛いときに薬を飲むと、「楽」になるから、「薬」という字になっているが、

本来は草冠に「毒」と書いていた。

体調が悪いとき、安易に薬に頼りすぎると、自分の中の本当の自然治癒力が働かなくなる。

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2009年12月 4日 (金)

藤原大士の一日一言 
300話 夜型から、朝型へ

業種によっては、残業は当たり前、「定刻に席を立つなど、とんでもない」という職場も多い。

しかし人の頭が、発展的に働くのは、夜よりも、むしろ早朝なのだ。

人によっては、朝型、夜型と言われ、どちらが強いかは、各人の自由かもしれないが、はじめから職場全体を、「夜型」に固定してしまうことは、発想面、健康面の双方からも、あまりオススメできない。

一度思い切って、「残業」ではなく、するならば「早朝出勤」に切り替えてみてはいかがだろうか。

特に経営方針や企画などを練る時間は、夜遅くよりも早朝の方が、断然発展的な閃きも出やすいものだ。

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2009年12月 3日 (木)

藤原大士の一日一言 
298話 してやったは、ゼロ

「これだけしてやったんだから、このくらいは返せよな」と思って接すると、実は、誰からも何も返ってこない。

人は、恩着せがましく押しつけられるのを嫌うのと同時に、「してやった」の、「天の評価はゼロ」だからだ。

同じするなら、「させて頂く」の心意気で、してみてはいかがだろうか。

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2009年12月 2日 (水)

藤原大士の一日一言 
297話 恩は、誰に返す?

人から恩義を受けたら、どうお返ししたらいいのだろうか。

十代の頃、恩師から、こう言われたことがある。

「君は、私に恩義を感じてくれているらしいが、それを私に直接返そうと思う必要はないんだよ。

むしろ私以外の誰かに、そう世の中にお返しすることで、何倍も大きなものになるのだよ」

自分が誰かの面倒を見てあげる時、こういう心がけで接して差し上げたら、素晴らしい巡りになるのではなかろうか。

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2009年12月 1日 (火)

藤原大士の一日一言 
296話 人としての大切な土台

「感謝の心」は、人として過ごす上でも、経営者としても、大切な土台の一つだ。

土台のないところに、積み上げはない。

またどんなに積み上げても、あるところまでくると、自らの重みでぐしゃっと潰れ、本当の実りを手にすることは出来ない。

◆大志塾は、物事を基本から見つめること

土台となるところを繰り返しお話ししている。

 すぐに結果を求める人からは、まわりくどいと思われるかもしれないが、長期的な繁栄を求める時には、必須のことなのだ。

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