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2010年12月31日 (金)

藤原大士の一日一言 
695話 一年の締めくくりとして

朝日を拝み、朝日に感謝をする人はいるが、

夕日に感謝をする人は、

少ないのではなかろうか。

今日は、一年の締めくくりの日だ。

良い締めくくりから、

良い新年の出発が出来る。

大晦日の夕日に手を合わせ、

感謝の気持ちで一年を締めくくっては

いかがだろうか。

        しかし今年は、多くの地方で雪の予報など、

夕日が見えない可能性も高い。

しかし要は、真心であり、

感謝の気持ちで、一年を締めくくろう。

本年も、ありがどうございました。

どうぞ良いお年を!

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2010年12月30日 (木)

藤原大士の一日一言 
694話 新年を迎えるにあたって

子供の頃、餅つきをすると、

父が、一番はじめに、大きな重ね餅を作っていた。

大きな重ね餅は、床の間に、

そして玄関や台所、窓など

十カ所以上に小さな重ね餅をお供えしていた。

それが出来ると「いよいよお正月だ」

という喜びと、何か気持ちの引き締まる感じがした。

その頃は意味もわからなかったが、

元旦には、床の間の歳神様のところから、

順番にお年玉をもらったものだ。

◆ 関連の話 692話 歳神様を迎える準備

693話 一夜飾りが、なぜダメか       

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2010年12月29日 (水)

藤原大士の一日一言 
693話 一夜飾りが、なぜダメか

「一夜飾りは、ダメだ」と言われるが、

なぜダメなのか、理由をご存じだろうか。

新しい年の歳神様は、元旦の朝ではなく、

十二月三十一日の早朝に、それぞれの家に来られる。

そして、その一日で、

今までおられた歳神様と、

引き継ぎをなさられるためだ。

どんな仕事の場でも、全くの引き継ぎなしには、

即、良い仕事はしにくい。

その家がどんな家族か、

神々に対してどういう接し方をされたか、

こうしたことが

すべて新しい歳神様に引き継がれるのだ。

物や形だけでなく、各人の心も改めて、

新年を迎えるように心がけることが重要だ。

◆だから一夜飾りとしての

三十一日の昼あるいは夜に、

取り付けたのでは、お迎えに間に合わない。

◆ 関連の話 692話 歳神様を迎える準備

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2010年12月28日 (火)

藤原大士の一日一言 
692話 歳神様を迎える準備 

玄関に門松を飾り、松飾りをつけて、

新しい年の歳神様をお迎えする準備をしよう。

歳神様は、十二月三十一日の早朝に

それぞれの家に来られる。

その時に門松もなく、

お迎えする心と準備のないところには、

そのままUターンされてしまう。

新年になっての、初詣も良いが、

家に福の神様をお迎えするのは、もっと大切だ。

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2010年12月27日 (月)

藤原大士の一日一言 
691話 プロは、幸福配達人

プロとして、客に接するときに、

少なくとも専門家ならではの

知識と技術などを活かし、

客の立場に立った仕事を、

しておられるだろうか。

少なくとも客は自分達よりも、不慣れで、

知識も、経験も少ないのが当然だ。

それを相手の立場に立った真心で、

関わった相手に、幸福を与えられるか、

反対に、相手を騙したり、

手を抜いたり、日々の惰性のままで接して、

相手に不幸の元を売りつけるかは、

大きな差となる。

プロは、幸福配達人。

今年一年良い仕事をしたかどうかの

一つの見直し基準となりはしないだろうか。

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2010年12月26日 (日)

藤原大士の一日一言 
690話 発散する大切さ

人は、適度に発散することが大切だ。

カラオケでも、スポーツでも、

適度に空気抜きが出来る楽しい場、

自分を和ませてくれる場を持って、

楽しく、陽気に発散しよう。

より人生も、仕事も充実するはずだ。

しかし息抜きなしに、

自分を押さえつけてばかりでは、

かえって良い仕事も

出来ないのではなかろうか。

        ちなみに私は、仕事の他に、

カラオケ、庭仕事、時代劇など、

毎日のように楽しい時間を持っている。

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2010年12月25日 (土)

藤原大士の一日一言 
689話 健康は、末端からも

ピアニストや、縫い物など、

指先をよく使う仕事をする人は、

ボケにくいと言われている。

要するに、人は末梢神経から

詰まってくるのではなかろうか。

ならば、日常生活の中で、

テレビを見たみたり、ちょっとした時間に、

指先の運動を試みてはいかがだろう。

足の指先は、お風呂の中でゆっくりとしてみると、

全身が温まるし、全身の血行が良くなる。

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2010年12月24日 (金)

藤原大士の一日一言 
688話 具体的か、抽象的か

具体的な願いは、実現しやすいが、

抽象的な願いは、実現しにくい。

具体的なことは、即行動に移しやすいし、

周囲の協力も得やすい。

しかし「会社を繁栄させたい」

「会社を大きくしたい」

「幸せになりたい」という願いは、抽象的だ。

自分でも、焦点が絞りにくく、

希望する「繁栄への行動」に繋がりにくい。

自分をもっと燃やし

周囲の協力を得るためにも、

どう会社を繁栄させたいのか、

何をもって社会に貢献したいのか、

それをもっと明確にしてみよう。

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2010年12月23日 (木)

藤原大士の一日一言 
687話 鍛えを乗り越えよう

人生にも、経営者にも鍛えは付きものだ。

それをどう受け止めるかで、

その後の人生が大きく分かれていく。

大きな運、大きな仕事が巡ってくる前ほど

厳しい鍛えが、必要となる。

普通は、それを「辛い」「イヤだ」と

気持ちでも逃げてしまいがちだが、

それを「鍛えだ!」と前向きに受け止めて、

進んでいかれる人は、それを乗り越えて、

より大きな器となり、

大きな運も手にする事が出来る。

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2010年12月22日 (水)

藤原大士の一日一言 
686話 慣れないことでも、怯まずに

初めてのこと、慣れないことに取り組むときには、

誰でも手探りだ。

しかしそれを果敢に取り組み、

新たな道を開いていくか、

尻込みして、機会を失うかは大きな差となる。

何事にもまず挑戦してみよう。

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2010年12月21日 (火)

藤原大士の一日一言 
685話 ツキは、呼び込める

ツキの善し悪しには、個人差はあるが、

ツキは、呼び込むことが出来るものでもある。

それには「明るい」こと、

物事を前向きに受け止められる事、

そしてツキを逃がさないためには、

素早く行動出来ることではなかろうか。

瞬時に反応する、即日対応する、

どんなに遅くとも、そのツキを活かせるのは、

三日以内と心得て、素早い行動を心がけよう。

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2010年12月20日 (月)

藤原大士の一日一言 
684話 目に飛び込むか 見逃すか

本当に真剣に物事に取り組んでいると、

それに必要な答えが、

目に飛び込んでくようになる。

今まで単なる流れていく

景色に過ぎなかったものが、

意味を持って、

自分に語りかけてくれるようになる。

答えは、案外身近に、

それも眼前にあることが多い。

ただ、それに気がつかないだけなのだ。

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2010年12月19日 (日)

藤原大士の一日一言 
683話 手入れと健康

品物でも大事に扱い、

そして適切な手入れをしていると、

長く使うことが出来る。

しかし最も大切な自分の身体の手入れは、

いかがだろうか。

何十年もほとんど何一つ手入れせずに、

「何十代になったから、こうなるのはしかたない」

とあきらめてはいないだろうか。

何才になっても、生きている限り、

人の身体は蘇られる要素を持っている。

それは巡りだ。まずは末端の指先などの

ほぐしから初めてはいかがだろうか。

◆確かに年代と共に身体の変化は起きてくるが、

決めつけは、もったいない。

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2010年12月18日 (土)

藤原大士の一日一言 
682話 毎日の食事の度に

最近の学校では、「いただきます」と

手を合わせるのは、宗教だという先生があるとか。

「いただきます」「ごちそうさま」の代わりに、

「はじめ」「おわり」と言ったり、

笛の「ピー」で合図するところまであるそうだ。

人として大切なことは、感謝の心を持つこと、

そしてそれが一番自然に身につくのが、

「いただきます」「ごちそうさま」

ではないだろうか。

それをないがしろにして、

知識だけ詰め込んでも、

かえっていびつになるだけであり、

決して本物になどならない。

また最近の目を覆いたくなる事件も、

食事の度に、感謝の心で「いただきます」と

言える人が、起こしたりするだろうか。

        日常は、慌ただしさに紛れ、

そのままかき込むように

 口にしているかもしれない。

 「いただきます」「ごちそうさま」は

 日本人の美しい心の習慣、

 どんなに慌ただしくても、忘れずに・・

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2010年12月17日 (金)

藤原大士の一日一言 
681話 閃き」を生むには

「閃きは、特別な人だけが出るもの」

「天才の特権」と思っている人が多いが、

決してそうではない。

ある事に振り向ける熱意と、

それに向けての日々の積み重ねが、

ある日素晴らしい閃きを生む。

閃きを得るのは、99%の汗と熱意、

そして創意工夫の賜物(たまもの)で出てくる。

        大企業で、何度も社長賞を取っている人も、

 その開発の過程では、幾度も失敗し、

その改良のための工夫を常に考えていたところ、

 ある日、突然解決策が閃いたという。

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2010年12月16日 (木)

藤原大士の一日一言 
680話 メモは、宝

次から次へと物事を前向きに進めているときには、

自分で一つの流れを、作り出している状態であり、

集中して頭の回転が速くなっている。

瞬間に「あっ、こうしたら・・」という

ヒラメキが出やすくなってる。

そんな時に出た事は、大事なヒラメキだ。

しかし、そのままにしていると、

すぐに消えてしまうし、

さりとて清書していては、間に合わない。

 

即座にメモをしておこう。

作業が一区切りついたときに、

まとめる習慣をつけられてはいかがだろうか。

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2010年12月15日 (水)

藤原大士の一日一言 
679話 最後の追い込みと来年の計画

今年も残すところ、あと半月となった。

一年の締めくくりとして、この半月で

何をしなければならないだろうか。

仕事のやり残しももちろんだが、

新しい年を迎えるのに、

何を準備したらいいのか。

一年の計は、元旦にありというが、

元旦に計画を立てたのでは、間に合わない。

この半月で、最後の追い込みと共に、

新年への計画にも、心を振り向けていこう。

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2010年12月14日 (火)

藤原大士の一日一言 
678話 やり直しの覚悟

簡単にあきらめて投げ出す人は、

信用を得ることは出来ない。

途中で投げ出したり、あきらめて手放したときは、

たとえ綿のように軽いものでも、

投げ出した先が、川の中であれば、

拾い上げたときには、たっぷりと水を吸って、

かえって肩に食い込むほどに、重たくなっている。

投げ出した後、やり直したいと思ったときには、

その位の覚悟が必要ということだ。

辛いと投げ出したときの、

何倍もの努力が必要になる。

◆ それでもどうしても成し遂げたいことか、

自分に問いかけてみてはいかがだろうか。

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2010年12月13日 (月)

藤原大士の一日一言 
677話 上向きに、方向転換

「なんだかやる気が出ない。」

「ダメなんじゃないか。」

「もう、どうでもいいや。」

人生には、そんな気になる時もある。

しかし、そのまま流されたら、

本当にダメになってしまう。

投げ出しては、人生も仕事も負け戦になる。

人生は、七転び八起きだ。

「ダメなんかじゃない!」

自分の切り替え如何で、

即座にも上向きに

方向転換の舵を切ることが出来る。

何度落ち込みそうになっても、

その方向転換さえ出来れば大丈夫だ。

乗り切って素晴らしい人生にしよう。

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2010年12月12日 (日)

藤原大士の一日一言 
676話 自然は偉大な活力源

どんなに疲れたときでも、

朝日の輝き、夕日の美しさ、

自然の中には、人の心も魂も癒し、

蘇らせ、力づけてくれる力がある。

自然は偉大な芸術家であり、活力源だ。

生きている喜びを忘れかけても、

再び蘇らせてくれる。

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2010年12月11日 (土)

藤原大士の一日一言 
675話 目は、心の窓

鏡で自分の目を見たとき、

どんな目が写るだろうか。

血走った目、とげとげしい目などは、

ゆとりなく、人を責めている目。

うつろな目、暗い目などは、

「人」も、「運」も遠ざかりそうな目。

「目は、心の窓」だけでなく、

「運勢の窓」でもある。

明るい目、はつらつとした目に、

即切り替えて、

一年の締めくくりへの追い込みをかけよう。

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2010年12月10日 (金)

藤原大士の一日一言 
674話「忙しい」は、禁句

師走に入ると、一層「忙しい日々か続く・・」

と感じられるかもしれない。

しかし可能な限り「忙しい!」

という言葉を出すことは控えよう。

「忙しい」とは、「心」を「亡」くすと書く。

次から次へと起きてくることに対して

自分がもみくちゃになって、先が見えなくなり、

心を亡くしていく言葉だ。

どんなにご用繁多でも、「忙しい!」

という言葉を使うのはやめて、

すかさず「ありがたい!」

という言葉に置き換えてはいかがだろうか。

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2010年12月 9日 (木)

藤原大士の一日一言 
673話 人の好意を大切に

自分では、さして悪意はなくても、

時として自分の言動、行動が、

相手の好意を踏みにじっていることが

ありはしないだろうか。

人は、それを面と向ってなじったり、

注意してくれることは少ないが、

気付かずにいると、

本来自分にしてくれようと思っていたことが、

半分にも、時には百分の一にも

小さなものになってしまうことになる。

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2010年12月 8日 (水)

藤原大士の一日一言 
672話 信用を取り戻すために

一旦無くした信用を取り戻すには、

十倍の努力がいるという。

信用は、目に見えないものだけに、

相手の心の中に芽生えたものを

打ち消すには、

それだけの労力と誠意が、

必要だということではなかろうか。

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2010年12月 7日 (火)

藤原大士の一日一言 
671話 信用の大切さ

無責任時代、

そして人を信用出来ない時代といわれるが、

世の中の本当に大事な事は、

やはり信用で動いている。

「信用」とは、

自分を、「信」じて「用」いてくれること。

信用を失うと、仕事も回ってこなければ、

融資も受けることは出来ない。

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2010年12月 6日 (月)

藤原大士の一日一言 
670話 決して投げ出すな

人の一生の内には、

何度か重圧に耐えきれず

投げ出したくなることがある。

しかし、天は決して

その人に背負いきれない荷物を

課したりはしない。

だから「もうダメだ!」

と思ったときこそ、

この言葉を思い出し、

新たな力を沸き上がらせて欲しい。

投げ出さない限り、

必ず開ける道はあるのだ。

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2010年12月 5日 (日)

藤原大士の一日一言 
669話 空を見よう、雲を見よう

下ばかり向いていると、

心まで小さくなってしまう。

時には、何も考えずに、ぼーっと

空を見るのも良いのではなかろうか。

空の広さ、雲の動き・・

心の中のもやもやまで、

すっきりと晴らしてくれるのではなかろうか。

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2010年12月 4日 (土)

藤原大士の一日一言 
668話 夢を栄養に

人は辛いときでも、夢があれば、

それを栄養にして、

乗り越えていくことが出来る。

大人になったからと、夢を無くしたとき・・

乗り越えられるものまで、

辛くてうずくまってしまう。

        休日には、忘れかけていた夢を

 もう一度そっと取り出してみるのも

  良いのでは・・

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2010年12月 3日 (金)

藤原大士の一日一言 
667話 見直しの大切さ

一般にも、行き詰まったとき、

物事がうまくいかなかったときには

「その原因は、何だろうか」

「何を切り替えたらいいのだろうか」

との「見直し」が必要だ。

しかし経営者は、うまくいっている時でも、

毎日見直しをした方がよい。

「これをより良くするには、

どうしたらよいだろうか」

との思いを込めて。

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2010年12月 2日 (木)

藤原大士の一日一言 
666話 客にとっては、大事な依頼

自分達は、毎日の繰り返しのことでも、

客にとっては、大事な依頼。

業種によっては、

人生の大事な分岐点に携わることもある。

どれだけその依頼に対して、正確に、適切に、

そして真心を込めて行う事が出来るだろうか。

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2010年12月 1日 (水)

藤原大士の一日一言 
665話 起死回生

あきらめて、投げ出さない限り、

必ず切り抜ける道はあるという。

簡単にあきらめてはいないか、

ある方法ではダメなときに、

他の方法、あるいは創意工夫をして

突き進むところに、

起死回生の道が開けるのではなかろうか。

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