« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月31日 (火)

藤原大士の一日一言 
845話 手柄は誰に?

うまくいったときは、自分の手柄、

うまくいかないときには、部下の責任、

とかく社会が悪いとか、

天のせいにしたくなりがちだ。

しかしそれでは、部下も社会も天も

その後の力を、貸してはくれない。

反対にうまくいったときは、

支えてくれた部下の手柄、

社会(取引先など)や、天のお陰とし、

うまくいかないときには、自分の責任という、

その心意気が、大切ではなかろうか。

        普段大きな顔をしている人が、

何かあると、

「秘書がやった・・自分は知らない」と、

恥ずかしげもなく言う人がいるが。

★ 神道のブログも更新しています。

第八話 神社参拝の仕方 その2

 手水舎の使い方

http://soseinippon.way-nifty.com/shinto/

  関心のある方は、こちらもどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月30日 (月)

藤原大士の一日一言 
844話 動く世の中、変わらぬ原則

世の中は、驚くほどのスピードで、

動いている。

パソコンや、諸々の伝達方法一つとっても、

より小さく、軽く、速く、便利になり、

そしていろいろな機能を加えた

おもしろいものが、次々と出てきている。

仕事の仕方もそれに伴い

時代に合うような工夫をしていく必要があるが、

それだけを気にして、判断し方針を立てると、

世の中の動きに振り回され、

かえって後手に回ることすらある。

それは、どれほど世の中が変わっても、

決して変わらない原則があるからだ。

むしろ判断の際には、

それが動かぬ原則から見たときどうかを、

必ず見る習慣をつけてはいかがだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月29日 (日)

藤原大士の一日一言 
843話 生きる勇気 

生きることは、時には厳しく、

辛いことが続くこともある。

それをどう受け止め、過すかで、

次の人生が、変わってくるはずだ。

生きることに、絶望しそうなときでも、

あきらめない限り、必ず開ける道はある。

生きる勇気を奮い起こして、乗り越えていこう。

必ず朝は来るように、必ず道は開けると信じて。

        毎朝、朝日を浴びる事も

 生きる勇気を奮い起こすのに、オススメだ。

 

朝が来たことを喜べる人に、

必ず未来は開けるはずだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月28日 (土)

藤原大士の一日一言 
842話 熱が出る時には

一般に、熱が高くなると、

薬や水枕などで、

なんとかそれを下げようとする。

高熱が続いて、

脳や身体に支障を来す場合には、

速やかに解熱させなければならないし、

細菌や炎症などで出ているときにも、

速く細菌を撲滅し、

炎症を治癒しなければならないが、

身体の大掃除をしているときにも、

その代謝を高めるために、

高い熱が出ることがある。

その最初が幼児期の知恵熱である。

それを薬で下げたりすると、                                                

代謝が不完全なままに終わり、

身体の成長に支障を来すことになる。

解熱には、よくよくご用心を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月27日 (金)

藤原大士の一日一言 
841話 一分一秒の厳しさ

現在は、「時間を守る」という厳しさが

やや欠けているように思う。

しかしその影響は、

一事が万事に及ぶことになる。

時間を守れない人は、

少し厳しいようでも、約束した時間は、

一分一秒遅れないということを

自分自身に課してみてはいかがだろうか。

そこから見えてくるもの、

気付くことは意外に多い。

自分自身の信用・信頼にも関わることだ。

        今まで、朝礼の時間を適当に始めていた人が、

 八時半かっきりに始めるようにした途端、

 社員のいろいろな姿が見え、

自分自身がどう見られているかまで感じて

まずそれが恥ずかしかったそうだ。

 全ての事をいきなり一分一秒遅れずにでは、

続きにくい。

何か一つのことからでも、

始めてみてはいかがだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月26日 (木)

藤原大士の一日一言 
840話 「聞く」という勇気

あなたには、何か困った事が起きたとき、

あるいは新しい事を始めようとするときなど、

意見を聞くことが出来る人はいるだろうか。

自分自身では、綿密に計画・推進したつもりでも、

人は、自分の頭の後ろに目は持っていないし、

案外、自分独特の色眼鏡、あるいは欲メガネで、

物事を見ていることも多いかもしれない。

自分では見えないものが、第三者から見てもらうと、

何手も先まで見えることがある。

さらにより高いところから見てもらうと、

鮮明に自分の見落としも含めての

指摘を受けることも出来る。

「聞く」ことは、恥ではない。

むしろ的確な意見を出してくれる人は、

求めても、是非確保しておこう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月25日 (水)

藤原大士の一日一言 
839話 相手の立場から見る

人は、よほど意識しない限り、

自分の立っている位置からしか

物事を見ることが出来ない。

しかし相手から見た場合、

つまり反対の立場から見た場合や、

客観的な立場からみた場合、

世の中全体の流れを

よく捉えた行動をすることで、

妥当な結果が得られ、

発展に繋がるのではなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月24日 (火)

藤原大士の一日一言 
838話 行き詰まり打破の為に

行き詰ったとき、

物事がうまくいかなかったときに、

何を行なったらよいだろうか。

ただ悶々と、鬱々とするだけでは、

何の解決にもならない。

滞ったのは、何が違っていたのだろうか。

まずその理由を見直してみる。

やろうとしたことが、間違っていたのだろうか?

その手段方法が、違っていたのだろうか?

時間が間に合わなかったからではないだろうか。

あるいは何かが足りず、

全体が旨く回っていないからではなかろうか。

時代の流れと合わない・・ものではなかろうか。

まずはそんな方法で、見直して見てはいかがだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月23日 (月)

藤原大士の一日一言 
837話 勇気ある撤退

撤退は、前に進むよりも勇気と難しさがある。

撤退した時の、マイナスと

撤退しない場合の、マイナス

どちらが大きいかを冷静に判断した上で、

決断が必要だ。

自分自身が「ここまで、頑張ってきたのに」

という思いから、すっぱりと切り替えが出来るか。

そして協力してくれた人たちに誠意をもって、

それを伝え、その収拾に当たることが出来るか。

そのやり方によっては、協力してくれた人たちが、

二度とあなたの協力者とならないことすらあるのだ。

ある日突然「ヤーメタ」とすることは、

政治家でもいるが、

勇気ある撤退でも、何でもない。

身勝手な投げだしと、

勇気ある撤退は同じではないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月22日 (日)

藤原大士の一日一言 
836話 その日の疲れは、その日のうちに

爽快な朝を迎えるためにも、

その日の汚れや疲れは、

なるべくその日のうちに取ってしまおう。

それは身体だけでなく、

心も、魂も、綺麗にして一日を締めくくろう。

お風呂(湯船に)に入るとき、かけ湯をするが、

それが身体だけ清めると思えば、身体だけ、

しかし同時に心の汚れや、胸のつかえもきれいに

と思えば、身心共に、きれいになり、

さらに魂まで、きれいにと思って、

お湯をかぶれば、身心霊共にきれいになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月21日 (土)

藤原大士の一日一言 
835話 政治家に一言

医者も、弁護士も、教師も、

厳しい学びと、そして資格試験を

通過しなければ、

その職業に就くことは出来ない。

「今から勉強するから、手術させてくれ」

と言って、

大事な身体を預ける人はいない。

しかし・・

政治家だけはどんなシロウトでも、

選挙という名の、

人気投票に通ればなる事が出来る。

「今から勉強します」と言うが、

そんな言葉が通用するのは、政治家だけだ。

シロウトが、

自分の見栄と欲得で行なった結果、

今の日本の姿となっているとは、

思わないだろうか。

立候補する時点で、

最低の資格は必要であり、

せめてそのくらいの規制は

必要ではなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月20日 (金)

藤原大士の一日一言 
834話 スイッチを入れよう

どんなに優秀な機械でも、

長年スイッチも入れなければ

使ったこともなければ、さび付き、

いざ、使おうとしたときに、

すぐには、思い通りに動かない。

それは機械だけではなく、人でも同じだ。

ひょっとしたら「やる気」というスイッチを

入れ忘れていることは、ないだろうか。

創意、工夫という、人が持っている力を

使い忘れてはいないだろうか。

人は、持っている力のほとんどが眠ったまま、

活かされていないと言われている。

まずはスイッチを入れよう。

少し錆び付いて動きにくいとしても、

毎朝でも、スイッチを入れ続けよう。

        スイッチの入れ方は、朝の挨拶。

 鏡を見て、自分自身に朝の挨拶し

 自分の心や魂にスイッチを入れよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月19日 (木)

藤原大士の一日一言 
833話 夢の実現 年・月・週・日

あなたは、どれくらい先を見て、

日々を過しておられるだろうか。

今日だけか、明日までか、今週いっぱいか、

今月か、来月か、半年後か・・

手帳の中には、半年先、一年先まで

予定が入っているとしても、

自分の意志で、計画したことに対しての、

予定がそこに組み込まれているだろうか。

その目で見直すと、実はほとんどが

よそから持ち込まれた予定で

埋められているのではなかろうか。

そんな中で、数年後のあるべき姿を描き、

それを一年の予定に入れ、

さらにひと月の目標を立て、

それを週毎に分け、

一日一日の中に積み上げていく人は、

必ずそれが実現する方向に動いていく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月18日 (水)

藤原大士の一日一言 
832話 自社の宝は、何か

「自社の宝は?」・・と見直したときに、

出てくる答えは、何だろうか。

企業である以上、

「売りものになる宝」

「売り物に変えていくことが出来る宝」

は、何かを見つけ出す必要がある。

「宝とは、他にない強み」

とも言い換えられる。

人か、設備か、技術か、人脈か・・

それに気付くことで、会社の今後進む方向性も

出てくるのではなかろうか。

今まで、もし気付いていなかったとしたら、

それは埃をかぶって、

力を出していないかもしれない。

しかし・・その気になって探せば、

きっと見えてくるはずだ。

◆ 関連 831話 強みを活かす

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月17日 (火)

藤原大士の一日一言 
831話 強みを活かす

人はとかく、欠点・弱点に

目がいきがちなものだが、

「その人の強みは何か」

「どうしたらそれを活かせるか」に

目を向けた方が、発展的な展開となる。

「自分自身の強みは何か」

「自社の強みは何か」

まずここから見直してみては

いかがだろうか。

案外自分自身の、あるいは自社の強みに

気付いていないことが多く、

「宝の持ち腐れ」となっていることがある。

そこから意外な着眼が

出てくるのではなかろうか。

「自分はダメだ」「自社はダメだ」と落ち込み

 悩むより、はるかに発展的だ。

        お詫び 

昨日の神道のブログは、

違うところで更新しておりました。

「見られない」「一言のブログに入っています」

など連絡をいただき、ご迷惑をおかけしました。

 訂正致しました。

第6話 産土の神様(うぶすなのかみさま)と

氏神様(うじがみさま)の違い

http://soseinippon.way-nifty.com/shinto/

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月16日 (月)

藤原大士の一日一言 
830話 失敗を活かす人、繰り返す人

たとえば、叱られたときに

ただひたすら(意味もわからず)

「すみません」と言って、その場逃れをすると、

何度でも同じ失敗を繰り返す。

「何で叱られたのか」「その原因は何か」

「繰り返さないためには、どうしたらいいか」

こう受け止めての、

見直しと反省が必要ではなかろうか。

そして直ちに、お詫びと事態の収拾に当たり、

さらに「再発防止の対策」に取り組むと、

失敗が、失敗で終わらず、

それを活かすことが出来る。

        今日は、神道のブログも更新しています。

 (月曜ごと更新です)

 

 第6話 産土の神様(うぶすなのかみさま)と

氏神様(うじがみさま)の違い

http://soseinippon.way-nifty.com/shinto/

よろしければ、こちらもどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月15日 (日)

藤原大士の一日一言 
829話 栄養とカロリーのその前に

健康が気に掛かり出すと、

やたらに「栄養素」や「カロリー」が目に止まり、

これもダメ、あれもダメ、あるいは

これも足りない、あれも必要と言うことになる。

特にサプリメントの宣伝などを聞いていると、

あの成分も、この成分も、そのままでは不足して、

身体が動かなくなるのではないかと思うほどだ。

しかし・・山のようにサプリメントを飲めば、

健康を維持できる・・わけではない。

あくまで基本は、日常の食事だ。

まず「明るく、感謝していただく」ことで、

より栄養も吸収できるのではなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月14日 (土)

藤原大士の一日一言 
828話 首凝り予防

人の頭は、そのままでも

六、七キロの重みがあり、

さらにパソコンや読書などで、

うつむいた姿勢になると、

なんと二十キロもの重さが、

細い首ひとつにかかるのだそうだ。

肩こりというが、

首凝りも大変な問題とのこと。

二十分に一回くらい、仰向いたり、

軽く首をほぐすだけでも、

相当に違うとのことだ。

◆私など、何時間もぶっ通しで、原稿に・・

という習慣は、この際改めて、

「首が回らない」ということのないように

しなければ・・と思う。

皆さんも、くれぐれも健康にはご留意を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月13日 (金)

藤原大士の一日一言 
827話 聞き方、三通り

話を聞くときに、何で聞きますか?

耳で聞くか、心で聞くか、

あるいは魂で聞くか。

耳でしか、聞いていないことは、

通りすがりの話のように、

その場で、聞き流される。

心で聞いたことは、

その話が出た背後の、「その心は?」

を受け取れるようになる。

魂で聞いたことは、

たくさんの話の中で、

どれだけ時間がたっても、

必要なときに、必要な話が蘇り、

生きてくる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月12日 (木)

藤原大士の一日一言 
826話 話して、覚える?

上の空で聞き流したことは、

その場ですら、何一つ残らない。

一心に聞いたことでも、人の記憶は、

二十分以内に急速に忘れていき、

さらに一晩たつと、

その八割は消えてしまうという人がいる。

「覚えよう」と思ったことは、

「忘れる」ものだ。

それを誰かに話すことで、

自分の中に残りやすくなる。

「いい話を聞いた」と思ったときには、

家族にでも、友人にでも、誰かに話すとよい。

ただし、口伝えの話は、

「伝言ゲーム」のように、

どんどん内容が変わってしまうことがある。

その点は、ご用心を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月11日 (水)

藤原大士の一日一言 
825話 財産を生かすも殺すも

財産を生かすも殺すも、

それを使う人の気持ちと力量にかかっている。

どんなに多額の財産でも、

ただ消費的に使いつぶすだけでは、

湯船の底に穴があいているようなもので、

あっという間に底をつくのは、時間の問題だ。

反面、ただ財産を守るためだけの人は、

猜疑心に駆られ、

小さく守ることのみに汲々とするが、

気がついたら、

時代の流れから、はるかに乗り遅れていた・・

と言うことになりかねない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月10日 (火)

藤原大士の一日一言 
824話 成長か、衰退か

人は、成長するか、衰退するかのいずれかで、

現状維持は、成長か衰退の過程での

一時休止のようなものだ。

ましてはじめから「現状維持でよい」

と思っている人は、

そんな人が、真剣にそして必死で戦っている人と

太刀打ちできるはずがない。

昨日より今日、今日より明日と、

より上を目指して、進んでいこう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 9日 (月)

藤原大士の一日一言 
823話 朝日を浴びよう

ゴールデンウィークも終わり、

いよいよ仕事再開でしょうか。

エネルギッシュな始動を祈りつつ・・

朝日を浴びる事で、一日を

力強く生きる力と希望が涌いてくる。

自分一人は小さいが、世の中全体を

照らす大きな力と一体となって、

自分も世の中や社内、そして家族を

照らすことの出来る存在を目指そう。

        今日は、神道のブログも更新しています。

 「第5話 どの神社にお参りしたらよいのですか?」 

http://soseinippon.way-nifty.com/shinto/

  ご関心のある方は、こちらもどうぞ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 8日 (日)

藤原大士の一日一言 
822話 人生は、修行の道場

人生は、修行の道場である。

人は、生まれるときに、

天命として役目を授けられ、

この世に誕生する。

生きている時間は、限りのあるものだが、

その間にどのくらいその使命を

果たすことが出来るだろうか。

修行とは、荒行のように

身体を虐めることではなく、

自分の使命に向って、

自らを磨き進んで行くことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 7日 (土)

藤原大士の一日一言 
821話 天命と、天職

今、自分の本来の天命に生きている人は少ない。

また現在の職業そのものが、

本来の役目から、大きく外れているものも多い。

現在の政治家を見て、

政治の本当の姿と思うだろうか。

また教育も、医療も、

果たして本来の姿と言えるだろうか。

これも天命が見つけにくい理由の一つと思う。

自分の天職を探すときには、

「この職業は、

本来どんな役目を持っているのだろうか?」

と見直すことも必要ではなかろうか。

        全てではないが、

    今は、最も政治に向かない人が、

政治家になり、国を動かしている

といっても過言ではない・・。

 

われが、われがと言う人ほど、

危険なことはないように思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 6日 (金)

藤原大士の一日一言 
820話 天寿を全うする

生まれたときは、自分の意志や都合で

誕生したのではないはずだが、

生まれた後は、「自分の命は、自分のもの」

と誤解している人が多いように思う。

命は、天から授ったもの。

自分の勝手に、断ち切ることは許されない。

今、天寿を全う出来る人は、

少ないかもしれないが、

それを目指して生きていこう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 5日 (木)

藤原大士の一日一言 
819話 厄年は、役年

一般に、厄年とは、

災厄を受けやすい年などと言われ、

神社で「厄祓い」を受ける人が多い。

厄年は、正しくは「役年」なのだ。

人生の中で、大事な役目を授る年なのだ。

男性は、42歳、女性は、33歳が、

大厄と呼ばれるが、大きな役目を授る年でもある。

だから、その前に祓いを受けて、

その後に、役目を授るために神社にお参りする。

しかし祓いを受ける人も、

神主さんもそのことを知らず、

ただ厄払いだと思ってすると

せっかくの役目も受け取り損なってしまう。

        私の所でも、ご縁のあるごく少数の方の、

 「役年祈願」をお受けすることがある。

 事前に祝詞を書き、

ご本人の誕生日当日に行っている。

 人生の中で、とても大事な日だからだ。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 4日 (水)

藤原大士の一日一言 
818話 天命からの声 

★今週は、ゴールデンウィーク  

人生を黄金に輝かせるために、

天命の話を少しお届けします。

 (5月1日より)

人はあるときに、ふと空しくなったり、

自分の歩いている道は、これでよいのだろうかと、

思い悩むときがある。

それはご自分の中の天命が、

知らせてくれる声かもしれない。

大人になって、経済的にも

成功したように見える人が、

なにかやり残したことが

あるように感じるときもある。

日常、仕事などに全力投球をしているときは、

なかなかそのことを考えにくいが、

長期休暇の時などに、

「自分が本当にすべき事は、何なのだろうか?」

と問いかけてみることも、良いのではなかろうか。

        だからといって、即、転職をと

 おススメしているわけではない。

 念のため。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 3日 (火)

藤原大士の一日一言 
817話 生まれてからも授る天命

★今週は、ゴールデンウィーク  

人生を黄金に輝かせるために、

天命の話を少しお届けします。

 (5月1日より)

天命は、胎児の時に八割方授るが、

生まれてからも、三歳と十五歳の誕生日に、

さらに授ることが出来る。

三歳の誕生日には、

「三つ子の魂、百まで」と言われる魂が。

十五歳の誕生日には、

かつては「元服」と呼ばれ、

成人(大人)としての魂が入る。

その後は、適性(天命)をもって

世の中に貢献していく為に、

自分を磨いたり、鍛えたりすることが大切だ。

        源氏の大将、源の義家公が

石清水八幡様で元服をし、

以後「八幡太郎義家」と名乗り、

歴史に残る活躍をされた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 2日 (月)

藤原大士の一日一言 
816話 天命は、いつ授るのか

天命は、いつ授るのだろうか。

天命の八割くらいは、胎児の時に授る。

母親の体内で、まず人の身体が作られ、

その後、その人の天命が入ることになる。

個人としての天命(適正・すべきこと)だけでなく、

長男としての天命、本家ならば

一族をまとめるための力が授る。

初めての子は、誕生が予定日よりも

遅れると言われるが、

それは産道としての「みち」が、

ついていないからだけでなく、

長男、跡取りとしての天命が

入る分だけ時間がかかるからだ。

今、産婦人科で予定日通りに

出産させてしまうと言われるが、

それはその人の天命を狂わせる大問題なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 1日 (日)

藤原大士の一日一言 
815話 天命とは

天命とは、から授った寿と、

     から命じられた使

の二つの意味がある。

授かった寿命の中で、

どれだけ自らに託された使命を全うするかが、

その人の値打ちを決める。

役目の大小ではない。

小さな役目でも手を抜いてはいけないのだ。

しかし自分が、何に向いているのか、

何をすべきなのかを知っている人は少ない。

天命を知り、それを全うすることこそが、

この世に生まれてきた意味であり、

次の世の評価なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »