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2011年6月30日 (木)

藤原大士の一日一言 
875話 世の中の流れに、乗りつつも

世の中は、たくさんの人が生き残りをかけて、

次々に新しい製品やサービスを作り出している。

その変化の速さは、目が回るほどだが、

それを活かして、時代の流れに乗りつつも、

自分達は、世の中に何を出していくのがよいだろうか。

ただ便利、早い、おもしろいと、

他人が汗水流して作り上げたものを

ただ使うだけではなく、

是非とも自分達の側でも、

世の中に打ち出していくものを

作り出していこう。

◆たくさんの便利なもののお陰で、

今まで出来にくかったことも、

たやすく出来るようになったり、

創意工夫次第で、思いがけない可能性が

あるのではなかろうか

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2011年6月29日 (水)

藤原大士の一日一言 
874話 後継者育成は、重大

親の目から見て、息子である後継者に、

安心、満足しておられる方は、ほとんどいない。

親の目から見たら、子供はいつまでたっても、

到らないと思うところもあるが、

気になるところを、そのままに放置しておくと、

本人だけで、経営を担うときになって、

たちまち傾く危険すらはらんでいる。

しかしそれは、単に一企業が衰退し、

あるいは消え去るという問題では、済まされない。、

日本の企業は、90%以上が中小企業で、

そのかなりの数が、やはり世襲できている。

もしその大半が、息子の代で衰退したとき、

日本の経済的国力に、大きな影響が出る。

各企業の後継者育成は、そのまま

「日本の経済的国力の一角を担っている」

と捉えるべきではなかろうか。

そのことに気がつき、その気概で臨んだ時には、

今までにはない、行動と気づきが得られるはずだ。

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2011年6月28日 (火)

藤原大士の一日一言 
873話 若いときの苦労は、買ってでも

二代目社長は、初代の父親から、

「子供には、自分のような苦労はさせたくない」

という言葉を聞くそうだ。

しかし・・これが他人の中から次期社長を選ぶとき、

全く相反する見方となる矛盾に、

気がついておられるだろうか。

シビアに「経営を担うことの

出来る力量があるか、ないか」で判断するはずで、

そこに「苦労はさせたくない」

などという言葉は、絶対に出てこない。

「お前には、自分のような苦労はさせたくない」

の一言は、

「お前は、まともな経営者には、

なれなくていいのだよ」

の同意語と受け取るべきだ。

親の禁句ともなる一言だし、

子供も、言われたら直ちに打ち消して、

「若いときの苦労は買ってでもせよ」

と言う言葉こそ、自分の中に活かしていこう。

若いときなら、失敗も、取り戻す時間と力もある。

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2011年6月27日 (月)

藤原大士の一日一言 
872話 豊かな発想は、常識破り

世間でまかり通っている常識にとらわれて、

「こんなことは不可能だ」

「それは難しい」と決めつけて、

はじめからそちらに、目を向けようとしないことは、

自分の動きも小さくなってしまうことになる。

今までにない開発、大きな成功をしてきた人は、

それまでの常識を破ったからこそ、

成し遂げられたはず。

常識を無視せよという意味ではないが、

常識に縛られすぎると、

豊かな発想まで失うこともある。

出来る出来ないは、後から考えるとして、

「何が(世の中に)必要か」

「何をしなければならないのだろうか」

という目で物事を見る習慣を

つけてはいかがだろうか。

        今日は、神道のブログも更新しています

第12話「天命を知る年は、十五才」

http://soseinippon.way-nifty.com/shinto/

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2011年6月26日 (日)

藤原大士の一日一言 
871話 もっと自分を好きになる

自分自身の欠点は、気になり出すと、

本当に自分が情けなくなる・・

そんな時は、ないだろうか。

欠点から目を背けずに、

自分を鍛えるのも一つだが、

「何で、自分はこうなのか」

「何で、あんなことをしてしまったのか」

とばかりに、自分を追い詰めすぎると、

かえって自分自身が、小さく萎縮をして、

余計に欠点ばかりが、目につく人になる。

自分の良いところにも、目を向けよう。

どの人にも、良いところはきっとある。

そしてもっと自分を好きになろう。

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2011年6月25日 (土)

藤原大士の一日一言 
870話 鏡の中の自分 

自分の顔や、身体は、

自分自身のことなのに、

案外分かっていない。

意識して、自分を見つめれば、

驚くほど疲れた顔をしていたり、

険悪な顔をしていることもある。

また身体の意外な凝りや固さに、

驚くこともある。

鏡の中の自分と向き合う時間、

ほんのわずかでもいいから、

自分への朝の挨拶という形で、

習慣づけてはいかがだろうか。

朝は、蘇りの時、

笑顔で自分に向き合えば、

辛さも、疲れも吹き飛んで、

きっと良い一日になるはず。

◆ 関連 869話 毎日、自分を観察

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2011年6月24日 (金)

藤原大士の一日一言 
869話 毎日、自分を観察

分かっていそうで、自分のことは

案外分からないものである。

しばらく合わなかった友人が、

あなたの変化に、はっきりと気がつくのに、

当のあなた自身は、「えっ? そんなに?」

と気がつかないことが、多い。

自分のことは、毎日の

少しずつの変化だからだ。

そのわずかの変化の時に気がつけば、

体調管理も、精神管理も、手遅れになることはない。

自分自身をもっとよく観察しよう。

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2011年6月23日 (木)

藤原大士の一日一言 
868話 落ち着いた環境で

客の気を引こうと、奇をてらいすぎると、

事業の本質を見失うことがある。

たとえば住まい。

住まいは、家族の身体と心の休息や

成長、健康に大きく関係するものだが、

そこに奇をてらいすぎて、落ち着かない、

デザイナーの主張ばかりが目立つ建物がある。

コンサートやイベントなどのように、

瞬間の満足を得られればいいものについては、

奇をてらってもかまわないのかもしれないが、

住まいは、何十年とその人の、あるいはその会社が

羽ばたくための土台でもあるはず。

行なっている仕事の本質を、よく捉えて、

落ち着いた環境の中で、良い仕事をしよう。

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2011年6月22日 (水)

藤原大士の一日一言 
867話 土壌を整えよう

「まかぬ種は生えない」と言うが、

その前にしなければならないことがある。

それを受け入れる土壌が、

社内や、社会に無かったときには、

いきなり種をまいても、なかなか芽は出ないからだ。

まずは小さな範囲でも土壌を整え、

そこに土地に合った種をまくことではなかろうか。

全ての人が受け入れなくても、

その狭い範囲(少人数の人でも)で芽を出し、

花が咲いた(結果が出た)時には、

あんな花を咲かせたいと、

続いて行動しようとする人が出てくるはずだ。

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2011年6月21日 (火)

藤原大士の一日一言 
866話 まかぬ種は、生えない

日本人は、昔から自然から学び、

それを人生や経営に活かしてきた。

「まかぬ種は、生えない」と言われる。

種もまかずに、実りを求めるのは、

無理な話だ。

また種を蒔いたからと言って、

すぐに芽が出たり、花が咲くわけではない。

最低でも三ヶ月くらい先の結果を見込んで、

種をまく必要があるのではなかろうか。

何事も、先手必勝ではなかろうか。

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2011年6月20日 (月)

藤原大士の一日一言 
865話 経営者の辛さと成功

「今度生まれ変わったら、

二度と経営者にはならない・・」

と断言する人もいる。

これは、何もしないで

その地位にいる人の口から、聞くことは少なく、

不思議なことに大きく成功した

経営者から聞くことが多い。

しかし、そのくらい経営者としての責任を果たし、

道を開いてきたからこそ、大きく成功したともいえる。

その過程は、「茨の道であった」と言われたり、

「山登りの連続だった」と言われるが、

それを越えてきたからこそ、

今の大きな成功がある。

平坦な道、安易な道に、

大きな成功などありはしないのだ。

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2011年6月19日 (日)

藤原大士の一日一言 
864話 健康も病気も、一日にしてならず

病気が、長年の生活習慣の積み重ねなら、

健康も、毎日の積み重ねから得られる。

どんなに身体に良いといわれることでも、

今日やって、今日治るということはない。

痛みは、なるべく早く消えて欲しいが、

病気平癒に、速効を求めすぎるのは、

かえって危険ではなかろうか。

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2011年6月18日 (土)

藤原大士の一日一言 
863話 朝は、新たな力が蘇る時

早朝の空気は、清々しい。

朝日の中で、深呼吸をして、

体内の空気をすみずみまで、

新たなものと入れ替えよう。

前の日に、心につかえた事も、

さわやかな空気と入れ替えて、

外に出してしまおう。

朝は、新たな力が蘇る時でもある。

肉体的にも精神的にも蘇らせて、

新たな気持ちで再出発しよう。

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2011年6月17日 (金)

藤原大士の一日一言 
862話 「成り切る」覚悟

肩書きだけ「社長」「取締役」となっても、

その役職、役柄に成り切れず、

出来れば、その役を降りたいなどと、

逃げ腰になっては、いないだろうか。

しかしその思いは、社員にも必ず伝染する。

逃げ腰の社長の下に、

命がけの社員が出るはずがない。

それどころか、いつでも逃げ出せるように、

転職先の検討をされても、文句は言えない。

同じやるなら、やらなければならないならば、

その役目の上を行くくらいに

成り切ることではなかろうか。

成り切ってこそ、必要なものが見え、

必要な力も出てくるのだ。

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2011年6月16日 (木)

藤原大士の一日一言 
861話 器用でないから、殻を破れた?

器用貧乏という言葉があるが、

何でも器用にこなし、

また受け取りも早い人が、

必ずしも、大成するとは限らない。

むしろ、不器用ながら、

あることを一心に行なうという

集中力、継続力のほうが、

自らの殻を破り、気がついたら

大きな結果を出していたということすらある。

不器用でも、理解が遅くても、

そのことを成し遂げようという熱意、継続力が、

自らの殻を破り、成功へと導いてくれるのだ。

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2011年6月15日 (水)

藤原大士の一日一言 
860話 土台を固める努力 

大きな事を望むときほど、

足下から土台を固めていこう。

高い建物を建てるときほど、

盤石な土台が必要だ。

建物が出来たときに、

土台は人の目には触れないことが多い。

今、大きく成功している人たちの

建物(成功した結果)だけ見て、

その土台に目を向けない人が多いが、

本当に成功したければ、

むしろ土台に目を向けるべきではなかろうか。

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2011年6月13日 (月)

藤原大士の一日一言 
859話 商いは、飽きない

宝くじで、大金持ちになった人がいない様に

一発で、大穴を当てようとすると、

かえって大穴に落ち込む危険がある。

商売は、あきないというように、

飽きない、続けるその中で、

飛躍の芽を探しだそう。

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2011年6月12日 (日)

藤原大士の一日一言 
857話 「神様と、取引?」は、厳禁

人の上に立つ立場の人は、

人に命令することになれている。

だから神様にお願いするときにでも、

ともすると、「神様にお願い」ではなく、

「神様に命令する」あるいは

「神様と取引する」様な人がいる。

しかしこれは、厳禁だ。

お願いするときには、純粋に願い出、

そして願いが叶ったら、

心からお礼をするように心がけよう。

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2011年6月11日 (土)

藤原大士の一日一言 
856話 神様に、手を合わせる時には

神様に手を合わせるときに、

どんな気持ちでされているだろうか。

自分の欲得や願い以外で、

神様に手を合わせたことは、あるだろうか。

少なくとも願いが叶ったときに、

感謝の気持ちで、手を合わせるのを忘れては、

次の祈願は、叶い難し・・ということになる。

「感謝」こそが、次に神様に叶えて頂く

一番の基本なのだ。

人の世界も同じである。

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2011年6月10日 (金)

藤原大士の一日一言 
855話 不安も重圧も、はねのけて

とかく経営者は、その辛さ、

不安や重圧のみが、先に来ることが多いが、

不安から逃げようとすると、

余計に不安は増すばかりだ。

ならば進んで向っていこう。

後ずさりしていると、崖から落ちるが、

崖に前向きに向っていく人は、

崖から落ちないと言った人がいる。

後ずさりは、「崖から落ちたくない」

と思うはかりで、

崖の危険、崖との距離から、目を背けている。

崖に向っていく時は、

「崖までの距離が、後このくらい」

を見ながら進むことが出来る。

だから、

「それまでに、これだけの手を打たなければ」

との意志をもって、

解決策に全力を挙げることが出来る。

        もっとも、それは目を開いて、

しっかりと現実を見ている場合のこと。

 

目をつぶって、崖に向っていくのは、

危険な自殺行為だ。

 

しかし目を開けて、

現実を見ようとしている人が、意外に少ない。

 まずは、目を開けて、

現実から目を背けないことから・・

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2011年6月 9日 (木)

藤原大士の一日一言 
854話 経営に携われる期間は、どれほどか?

人生の中で、実際に経営に携われる期間、

手腕を発揮できる時間は、どれだけあるだろうか。

大企業といえど、雇われ社長の場合は、

一期の数年か、長くても十年くらいの期間しかない。

それに比べて、オーナー経営者は、

実際に経営に携われる期間は、はるかに長い。

その気になれば、中期、長期計画も、

十分に練り、推進していくことが出来る。

そんなときに目先の事しか見ないとしたら、

本当にもったいないことだ。

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2011年6月 8日 (水)

藤原大士の一日一言 
853話 機会と準備

機会を捉えて飛躍出来るかどうかは、

それを機会と感じ取れる感性と、

素早い行動が必要だが、

その前提として、

それを活かすことの出来る準備が

出来ているかどうかではなかろうか。

 

準備が、出来ていないと、

せっかくの機会を活かすことが出来ず

他に行ってしまうことになる。

準備の期間は、長い。

そして機会が回ってくるのは、

ほんの一瞬・・

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2011年6月 7日 (火)

藤原大士の一日一言 
852話 賞味期限と準備 

食べ物には、賞味期限がある。

物事を大きく飛躍する機会としての、

運、縁、ツキなどにも、

実は、食べ物以上に賞味期限がある。

どんなに良い機会でも、

期限切れとなってからでは、意味がない。

別の言葉で、『機会を逃す』という。

賞味期限内に、機会を活かして、

人生を飛躍させよう。

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2011年6月 6日 (月)

藤原大士の一日一言 
851話 人生、当たるも八卦でよいのか?

経営や人生の指針を決めるときに、

占いや、霊能者を頼っている人が多いと聞く。

易は、一般にも

「当たるも八卦、当たらぬも八卦」と言われるが、

人生の大事な指針や、経営方針などを決めるときに、

本当にそうしたものに頼って良いのだろうか?

確かに運勢の波や相性の善し悪し、

方位のことは、大きな影響がある。

しかし、会社の方針を決めるときには、

もっとしっかりとした土台、基礎が必要だ。

それを人頼み、易頼りでは、怪しい経営となる。

        今日は、神道のブログも更新しています。

 第9話 神社参拝の仕方 その3 

             お賽銭と柏手(かしわで)

左のリンクより 神道ブログ でどうぞ。

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2011年6月 5日 (日)

藤原大士の一日一言 
850話 人の振り見て

高い地位が尊いのではなく、

その地位にふさわしい判断と

行動が出来ることに意味がある。

現在の総理と政治家のあり方をみて、

誰しもそう思うのでは、なかろうか。

人の失敗や欠点は、目につきやすい。

しかし自分自身については、どうだろうか?

案外、見えない、気がつかない・・

のではなかろうか。

人の振り見てわが振り直せ・・でもある。

人を批判するのはたやすいが、

自分がその評価を受けたときは、どうか。

企業の長の器でない者が、

その地位についている

と言われぬよう、自分の姿を振り返って

見る必要があるかもしれない。

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2011年6月 4日 (土)

藤原大士の一日一言 
849話 菅内閣不信任 

菅内閣の不信任案が否決された。

東日本大震災から、福島原発問題など、

未曾有の国難とも言うべき時に、

その器にあらぬ人が、その地位に就くこと自体、

大変な悲劇だが、

「不信任」は、何も総理一人ではなく、

政治家(全体)不信とも、

言えるのではないだろうか。

東北の人たちの痛みと、苦しみ、

その大元を解決していくはずの

政治家の社会は、全く別世界のことのようだ。

自分達の保身と権力の駆け引きが、

国の土台を根底から揺るがし、

苦しめていることに早く気がつくべきだ。

地震や津波だけが、生活を根底から

揺るがしているのではない。

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2011年6月 3日 (金)

藤原大士の一日一言 
848話 失敗と誤魔化し

失敗は、誰でもする。

だから二度としないようにとの注意と、

なぜ失敗したかの原因を突き止め、

その対処をしていけばよいが、

嘘をついたとき、誤魔化そうとしたときには、

断固として、許さず、叱りつける気概が大事だ。

にも拘わらず、失敗の時には、

くどくどと叱りつけ、相手を萎縮させ、

嘘や、誤魔化しには、

案外、寛大かつ、うやむやにしてしまいがちだ。

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2011年6月 2日 (木)

藤原大士の一日一言 
847話 報告の重要さ

正確な報告、誤った報告、

あいまいな報告、いい加減な報告。

報告の正確さと、速さが、

的確な判断を下せ、物事の大きな推進力にもなる。

誤った報告、いい加減な報告は、

大きな判断の狂いを産む原因になる。

報告の仕方は、一つの習慣とも言える。

正確な報告が出来るよう自らにも課し、

社内にも、徹底していこう。

        これは、いい加減にした報告ではないはずだが、

かつてミッドウェー海戦の時に、

 霧が濃く、敵の姿は見えなかった。

 その時に、「敵はいません」と報告し、

 その時の日本軍は、壊滅的な打撃を受けた。

 「霧が濃くて、敵の姿は見えません」

 と言わなければならなかったのだ。

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2011年6月 1日 (水)

藤原大士の一日一言 
846話 人生の金メダルを目指して

柔道の山下泰裕選手は、

オリンピックで優勝して、

ふるさとの恩師に報告したとき、

「優勝おめでとう。でも人生の優勝者になれ」

と言われ、その言葉を大切にして頑張ったそうだ。

単なる願望や日々を惰性で過したのでは、

何事も成功は覚束ない。

仕事でも、その業界での優勝を、

人生でも、金メダルを目指して、

はっきりとした目標を立てて頑張ろう。

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