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2011年8月14日 (日)

藤原大士の一日一言 
920話 死んだら全てが終わるのか

親しい人が亡くなった後でも、

お彼岸やご命日には、お墓参りをしたり、

年回忌としての供養をしてきました。

外国の人でも、お墓参には詣でると思いますが、

日本人は、感覚的に人が死んだ後も、

全てが無くなってしまうのではなく、

何かが生きていると

感じていたのではないかと思います。

楠木正成公をはじめ、昔から忠義の臣が、

「魂魄この世に止まりて」とか、

「七生報国」と言って、

七度生まれ変わってでも

初心を貫く意志を表わしました。

肉体は、この世から消えても、

霊魂は永遠に生き続けているということを、

どこかで感じていたのでは、ないでしょうか。

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