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2011年8月31日 (水)

藤原大士の一日一言 
937話 経営者だけが栄えるのは、邪道

オーナー経営者は、ともすると

自分達一族だけの繁栄を、願いがちになる。

格別に悪気がなくても、

「社員は、金儲けの道具だ」に、

近い扱いをしがちである。

それでは、一時的に栄えても、

必ずどこかで、破綻を生じるものだ。

たとえば有能なスタッフが、

次々に辞めていく。

気がつかないところで、

会社の金を持ち逃げされてる。

社内から、告発があって、

それが原因で窮地に、追い詰められる。

「なぜ?どうしてこんな目に合うんだ?」

が続くときは、要注意だ。

ひょっとして人を責めるよりも、

自分を省みる方が、

良い場合が多いからだ。

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2011年8月30日 (火)

藤原大士の一日一言 
936話 人は、自分が扱われたように人に接する

人は、無意識でも自分が扱われたように、

人に接するものだ。

暖かく接しられた人は、人に対しても温かく、

冷たく扱われた人は、

人に対しても冷たい仕打ちをしがちになる。

「そんなことはイヤだ」

「自分は、絶対にそんなことはしない」と、

思っていても、気がついたら

同じ事をしている時がある。

だから人を育てるときには、

意識してでも暖かく、

そして自分がして欲しいと思うことを

していこう。

今、世の中は悪い循環が、強く働いている。

だから嫌な思いをすることも少なくない。

しかしどこかで良い流れに

切り替えければならないとしたら、

自分のところで、すればいいではないか。

自分の運勢が仮にマイナスであったとしても、

そこからきっと好転するスイッチとなる事を信じて。

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2011年8月29日 (月)

藤原大士の一日一言 
935話 素質と環境が人を作る

人は、持って生れた素質と、

その周りの環境によって人格が形成されて行く。

太平洋戦争までは、挙国一致の環境の中で、

ぼさぼさしていると、非国民とそしられ、非難された。

戦後は自由平等の観念にひたって、

むしろ甘ったるい人を育てる世の中になった。

これで世のため人のためになる行為が出来るのだろうか。

少なくとも採用すれば会社のために働いてくれるだろうか。

やはり世のため人のためになることを志し、

立派な人を育てることこそ教育の使命ではなかろうか。

最低限でも、世の中や人に迷惑を掛けない事が大切だろう。

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第21話 世の中のお役に立てる人になれ

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2011年8月28日 (日)

藤原大士の一日一言 
934話 夢と生涯現役を目指して

「あなたは、何歳くらいまで生きたいですか?」

とお尋ねしたときに、何歳と答えますか?

不思議なことにオーナー経営者と、

会社勤めの方では、希望する寿命に

大きな差がある返事が返ってきた。

オーナー経営者は、90歳くらいまで現役、

そして95歳、100歳まで健康で

長生きしたいという返事が多く、

会社勤めの方は、定年以降は、

それほど長く生きたいとは思っていない

という返事が返ってきた。

しかし会社勤めを終えた後こそ、

会社の命令ではない自分の夢や、

自分で人生の設計、計画が

出来るのではないだろうか。

オーナー経営者は、厳しいことも多いが、

自分で計画して進んで行くことが出来る。

夢を持つということが、若さと健康の源、

生涯現役を目指して、頑張ろう。

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2011年8月27日 (土)

藤原大士の一日一言 
933話 入れる前に出す

呼吸は、息を吸い込むことが

大事と思われているが、

むしろ吐くことが先である。

赤ちゃんも生まれたときには、

はじめに「おぎゃー」と息を吐き出す。

そして人が亡くなるときには、

息を引き取ると言われ、

息を吐けなくなって終わる。

食事も、栄養のある物を食べることが大事だが、

それ以上に、体内に毒素を溜めないように、

排出する事が大事である。

入れる前に、出す。

これが健康の原則ではないだろうか。

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2011年8月26日 (金)

藤原大士の一日一言 
932話 清濁併せのむ 

実際の仕事面で、

どろどろしたことをくぐり抜ける時も、

自分が、仕事に対して持つ本質の中に、

「仕事を通じて、世の中に貢献する」があれば、

本当の意味で清濁併せのむことが出来る。

「きれい事では、経営は出来ない」

という人もいるが、

どろどろしたことだけに、

心までどっぷりつかっただけでは、

良い発想も出ない。

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2011年8月25日 (木)

藤原大士の一日一言 
931話 師恩に報いる

師から「十」学んで、「八」覚えて、

次の世代に伝えたのでは、

「八」が「六」になり、さらにその次の代には

「六」が「四」になって、V字形の先細りになる。

これでは師恩に報いるにはほど遠い。

現在の教育は、こうなってはいないだろうか。

師を乗り越えてはじめて、

師恩に報いることになるのだ。

大相撲においても、胸を借りた師匠や

先輩に勝つことが報いることなのだ。

こうすれば、師から「十」学んで

「十二」にして次に伝え、

それを「十四」にして更に伝え、

「十六」「十八」というようにすれば、

何事も末広がりになって栄えて行くのだ。

「師恩に報いる」今は古い言葉かも知れないが、

日本人の本質を言い表した言葉であり、

日本人の魂の奥底に連綿と伝わる言葉なのだ。

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2011年8月24日 (水)

藤原大士の一日一言 
930話 免許皆伝 

昔の剣術などにおいて、

よく聞く言葉である。

「皆伝」というのは、

私のすべてを皆(みな)伝え教えたので、

もはやそなたには伝えるものは何もないので、

免許を与えるというものだ。

弟子としては、これで修行を終えたのではなく、

ここからが独り立ちをして、

自分の人生が始まることを意味するのだ。

修行は、生涯を掛けて行うもので、終りはない。

まこと厳しくもあり、

それだけに遣り甲斐のあるものだ。

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2011年8月23日 (火)

藤原大士の一日一言 
929話 末広がりの恩返し

この言葉は、今や死語に近くなっている。

「今時、古い!」と言われるかも知れない。

しかし、やはり大事なことだ。

私を神道の道に導いてくれた恩師は、

防衛庁時代の上司であり、

戦時中、近衛の第一大隊長だった方だ。

その方は転属の際に、

「君はわたしに恩義を感じているようだが、

それなら私に返そうと思わないでくれたまえ。

私に返せば、私一人だが、

君がよいと思い、嬉しかったことは、

大勢の知人・友人や後輩にしてあげて欲しい。

そうすれば、何倍にも広がるし、

末広がりにもなるよ」と言われたのだ。

清々しく素晴らしい言葉であった。

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2011年8月22日 (月)

藤原大士の一日一言 
928話 人生に仕残しはないだろうか

限りある生命の中で、

天から与えられた使命を果たしているだろうか。

明日がある、来週がある、一年先があると、

安易に過ごしてはいないだろうか。

「明日の夜を以て寿命が尽きる」と言われたら、

あなたはどうされるだろうか。

自分の命がないと思ったら、

どんな行動をされるだろうか。

こう考えたら、その思いと行動を、

常日頃の行動に移せないだろうか。

明日がある、来週があるではなくて、

一日一日を大切に過ごすことこそが、

大切なのではなかろうか。

今日も、どうぞ良い一日を!

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 第20話 天命について

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2011年8月21日 (日)

藤原大士の一日一言 
927話 良い方から見ると、運勢も好転 

暑い日々が続くと、

汗だくで何度の衣類を取り替え、

普段の何倍も洗濯の量が増え、

なんとか一雨降って、

涼しくなって欲しいと思う。

反対に雨の日が続くと、

「野外の活動が出来ない」

「布団が干せない」

「洗濯物が乾かない」など、

雨の日の不便さばかりが、目につく。

人は、案外身勝手なもの。

良い方の効果を見るよりも、

それによって起きる困ったことの方が、

前面に感じられるようだ。

出来れば、晴れた日

(実際は暑い日になりますが)、

雨の日それぞれに工夫して、

むしろ良い方から見る習慣を、

つけられたらいかがでしょうか。

人との関係も、仕事との関係も、

「大変だ、嫌いだ」と嫌がるよりも、

良い方から受け止めてくれる人の方に、

良いものが回っていくのではないでしょうか。

今日も、どうぞ良い一日を!

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2011年8月20日 (土)

藤原大士の一日一言 
926話 季節を先取りしよう

猛暑から一転、九月下旬の天候とか。

一日で五度も十度も気温が違うと、

それだけで体調も狂いがちになります。

しかし実は、二週間くらい前の

八月八日は立秋でした。

その時には、「今日から、秋だ」と言われても、

ぴんと来ませんでした。

しかし実際に、突然秋を感じる日が

やってきた。

実は、季節外れではなく、

暦の声とも言うべきではないかと思う。

本当は、二十四節気と言われるもののうち、

立春、立夏、立秋、立冬だけでも、

季節の体感とは別に、

次の季節のお知らせが来たと、

心を向けてみてはいかがだろうか。

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2011年8月19日 (金)

藤原大士の一日一言 
925話 約束の時間や期日は大切に その2

人は誰でも相手の気持ちを逃さないようにと、

少しでも早い時間や期日を設定しがちである。

そのため時間や期日に間に合わせようと、

ついつい自分の気持ちや

社員に無理を強いることになりがちだ。

早いに越したことはないが、

そのために仕事が粗雑になってはならない。

むしろ、余裕を持った日時を設定し、

期日よりも早く納めるようにしてみてはどうか。

約束の時間や期日よりも早くて怒る人はいない。

こうしたことが積み重なると、

いい意味での信用にも繋がるし、

日々の仕事にも、余裕が出来るのではなかろうか。

一分一秒といえども、約束した時間や期日を

大切にする習慣をつけよう。

今日も、どうぞ良い一日を!

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2011年8月18日 (木)

藤原大士の一日一言 
924話 約束の時間や期日は大切に

デートのような個人的なことにしろ、

仕事上の期日にしろ、一旦約束したことは、

完全に履行することが必要である。

この約束事が守れない場合は、

それだけで、相手方に迷惑を掛けることになるし、

世間からも、信用を失うことになる。

場合によっては、相手の蒙る迷惑は、

計り知れないものとなる。

暑い毎日ですが、今日も良い一日を!

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2011年8月17日 (水)

藤原大士の一日一言 
923話 理想は高く、行動は足下から

お盆の四日間、

いつもと違うお話しをお届けしましたが、

今日から、今までの一言に戻してお送りします。

 

日々を無為に過ごすよりも、高い理想を持って

進んでいった方がよいのですが、

それだけに拘ると、かえって途中で

挫折してしまうことが多くなります。

特に日本人は、

「熱しやすく冷めやすい」と言われるように、

一度にそのことに突き進もうとする傾向があります。

そのこと自体が悪いことではないのですが、

そのことに拘りすぎて、

自分で自分をぎゅうぎゅうに縛り付け、

身動きできない状態に追い込み、

かえって途中で「自分には無理だ」と

諦めることが多いのではないでしょうか。

そこで、理想は高く、

現実は日々誰でも出来る、簡単なことから、

一歩一歩着実に実践することだ。

こうした日々の積み重ねこそが大切なのです。

今日も、どうぞ良い一日を!

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2011年8月16日 (火)

藤原大士の一日一言 
922話 天の評価 

人が亡くなった後にも、霊魂が生き続ける、

そして「あの世がある」と言われても、

「本当かな?」と思っている人が、

けっこう、多いと思います。

本当に、死んだ後もあの世があり、

人の世の生き様が、

あの世の、どの世界に入るかの

評価になるのだということを知れば、

この世の中の悪いことの半分は

無くなるのではないかと思うくらいです。

しかし今まで悪いことばかりしてきたから、

もうダメだ、自分は地獄行きだと

決めつけることはありません。

その評価が、人生の中の最も良いところを

取ってくれるのだとしたら、

これからでも絶対に遅くないと思いませんか。

何か一つでも、いえ毎日一つでも、

良いことを心がけて、過すことで、

自分自身の人生も大きく変わっていくと

信じて過していきませんか。

◆ 関連 921話 人の値打ち

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2011年8月15日 (月)

藤原大士の一日一言 
921話 人の値打ち

人の値打ちは、この世を去るときに定まります。

仏教的には、人の一生の平均値を取りますが、

神道的には、人の一生のうちで、

最もよい点を取ってくれます。

有名な尼さんが、「船に幟旗を立てて、大勢で

共に三途の川を渡りましよう」と言っていますが、

三途の川は、低いところへ行くときに渡るのであって、

いくら有名な方でも、共に参りたくはありませんね。

高いところへ行く時は、中空の雲をかき分けて昇ります。

かぐや姫も、そうして帰って行かれたではありませんか。

普段に何気なく使っている言葉も、影響します。

「命を落とす」とか、「落命」などと言っていると、

これは低いところへ行く時に使うものですし、

「昇天」は天に昇ることです。

一般には、神道では「神上がる」と言います。

どうぞ皆さんも、高い方を目指して、

日々をお過ごし下さい。

★ 今日は、神道のブログも更新しました。

 「第19話 神の子、人」です。

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2011年8月14日 (日)

藤原大士の一日一言 
920話 死んだら全てが終わるのか

親しい人が亡くなった後でも、

お彼岸やご命日には、お墓参りをしたり、

年回忌としての供養をしてきました。

外国の人でも、お墓参には詣でると思いますが、

日本人は、感覚的に人が死んだ後も、

全てが無くなってしまうのではなく、

何かが生きていると

感じていたのではないかと思います。

楠木正成公をはじめ、昔から忠義の臣が、

「魂魄この世に止まりて」とか、

「七生報国」と言って、

七度生まれ変わってでも

初心を貫く意志を表わしました。

肉体は、この世から消えても、

霊魂は永遠に生き続けているということを、

どこかで感じていたのでは、ないでしょうか。

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2011年8月13日 (土)

藤原大士の一日一言 
919話 敬神崇祖 

今日から八月盆です。

お盆にちなんで、今日から四日間、

通常と異なる話をお送りします。

わが国には、昔から『敬神崇祖』という

素晴らしい伝統があります。

先祖供養は、仏教の教えのように思われていますが、

先祖供養の習慣は、もともと日本にありました。

仏教伝来の時、仏教を受け入れることになっても、

一般庶民には、なかなか受け入れられませんでした。

お釈迦様の教えは、人の世における生き様が説かれ、

あの世のことや先祖供養については

説かれていなかったからです。

それでわが国の伝統である先祖供養を、

仏教の側が取り入れて、

ようやく布教出来たのです。

その上、明治十五年に太政官布告で、

「神社は葬式を出してはならない」とされたので、

勢い仏教の各宗門宗派に頼らざるを得なくなりました。

ご先祖のうちの、どのお一人が欠けても、

今の自分は存在し得ないのですから、

真心を込めて、ご先祖様の供養をしたいものです。

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2011年8月12日 (金)

藤原大士の一日一言 
918話 百聞は一見に如かず

「百聞は一見に如かず」と言われます。

それは「百回聞くよりも、一回見る方が、

より自分の中に入る」と言うことです。

目で見ることだから、読書も入ります。

そう言えば、「読書百遍意おのずから通ず」

とも言いますね。

どんなに難しい書物でも、繰り返して読めば、

自然に内容が理解できるという意味です。

しかし、一見も体験に如かずなのです。

体験の積み重ねこそ、人生の宝となります。

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2011年8月11日 (木)

藤原大士の一日一言 
917話 無差別ではなく、こだわりを持って

仕事が少ないとき、どんな仕事でも、

依頼があれば、飛びつきたくなるものですが、

全て無差別に受けるのは、自分の仕事の形を

崩してしまうことにもなりかねません。

自分は、どんな仕事をしたいのか、

その為の客となる人は、どんな人なのか、

自分の中で、そこはこだわりを持って、

時には、仕事や客を断る勇気も

必要なことがあります。

◆社員を養うためには、なりふり構わず、

仕事を取ってこなければならない時もあります。

 ただその時でも、

それだけに流されるのではなく、

 

必ずこういう仕事で、

世の中に貢献したいという思い、

こだわりは持ち続けて欲しいのです。

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2011年8月10日 (水)

藤原大士の一日一言 
916話 はじめは小さいことの積み重ねでも

はじめから大きな仕事や、

おいしい仕事を回してくれる人はいません。

はじめは、小さな仕事、

あまり利益にならない仕事しか

回ってこない事が、ほとんどです。

しかしその一見つまらない仕事と

見えるようなことを

誠実にこなしていくことで、

次の機会が生まれてきます。

さらにその仕事で、

他にない結果を出せると、

大きな仕事に繋がる事も

夢ではありません。

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2011年8月 9日 (火)

藤原大士の一日一言 
915話 継続は、力なり

「自分は、継続力がない」という人でも、

毎日、食事をしない人はいません。

夜になって(お仕事によっては、異なりますが)

毎日寝ない人もいません。

反対に、食事をしない「断食」や、

一晩中寝ない「徹夜」をする方が、

意識と努力が、必要ですね。

何をしても長続きしないと思っている人は、

継続力がないのではなく、

「それをしようという、意欲がないだけ」

とは思いませんか。

意欲あるところに、道は開ける。

そう思って、日々積み上げていってはいかがでしょうか。

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2011年8月 8日 (月)

藤原大士の一日一言 
914話 半人前の仕事の人は・・

見習いの時は、誰かがそばに付いていて、

必ず仕上げや、後始末をしてくれています。

しかしいつまでたっても途中までやるが、

最後まで始末しないで、終えてしまう人がいます。

本当に、区切りまで仕上げていますか?

もしそれが出来ていないとしたら、

それは、半人前の仕事しかできない人です。

もちろん、あるところから先の仕上げを

お願いしたり、後始末をお願いすることもあります。

しかし「仕上げない」「後始末をしない」人は、

総じてそれが当たり前になっていて、

人に迷惑をかけていることや、

自分の仕事が、半人前以下であることに

気がついていません。

そうした目で、社内を見回したとき、

一人前の仕事の人は、どのくらいいるでしょうか。

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 第18話 本来の神様と人が祀りあげた神様

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2011年8月 7日 (日)

藤原大士の一日一言 
913話 食は、健康の素 

空腹さえ治まれば、

それでいいという食事ばかりをしていたり、

自分の好きな物ばかりを食べている・・

ということはありませんか。

もしご家族の方が、いろいろと健康を考えて

作ってくれていても、好きな物にしか箸がのびない

ということはないでしょうか。

食事は、健康を作り出す大事な要素だから、

なるべく好き嫌いをなくす、

そして一日だけ、うんと頑張るよりも、

日々無理のない範囲で、長続き出来る方法を

工夫してみてはいかがでしょうか。

もし一人暮らしだったり、

何品もおかずを作ったり出来ないときには、

たとえば主食に工夫をする、

ご飯にいろいろな五穀を混ぜて炊いたり

するのも一案では。

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2011年8月 6日 (土)

藤原大士の一日一言 
912話 生きた食べ物、死んだ食べ物

毎日の食事で、どれだけ生きた食べ物を

口にしているでしょうか。

命を養う力を持った食べ物、

本当は当たり前のことなのに、

たくさん並んでいる食品の中で

どのくらいの物が、その力を持っているでしょうか。

最近では、なんと全く食材を使わないで、

科学的に食べ物もどきが作り出され、

堂々と売り出されているとか。

そうした物には、命は宿っていませんから、

ただその場の空腹を押さえるだけで、

私達の命を養う力はないはず。

「いただきます」の言葉は、

「命を(養う力を)いただかせて頂きます」です。

そして今日も良い一日を!

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2011年8月 5日 (金)

藤原大士の一日一言 
911話 「しているフリ」では、身につかない

学生時代に、先生が見ているときには、

掃除なども、一生懸命しているフリをするが、

先生の姿が見えなくなった途端に、

手のひらを返すようにサボリ、

あるいはいなくなってしまう人がいました。

それが大人になっても、

尾を引いている人がいます。

本人は、要領よくやっているつもりであっても、

気がついたら、

一番成長しない人になっている・・。

昔からの日本の教えに、

「表裏のない人になれ」という言葉があります。

自分は、要領よく立ち回っていると

思っている人は、

案外それが一番遠回りの方法を

取っているのではないか・・

と見直してみてはいかがでしょうか。

実は、他の人は身につけることが出来ても、

自分だけは、身につけることが出来ない・・

ということがあるからです。

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2011年8月 4日 (木)

藤原大士の一日一言 
910話 感謝の気持ち

「あなたは、感謝の気持ちをお持ちですか」と伺うと、

誰でも「持っています」と答えられるでしょう。

一般の人なら、誰でもお持ちだと思います。

大切なのは、その感謝の気持ちが、

日常生活の上に活かされているかどうかなのです。

持っているかどうかで尋ねると、

誰でも持っているのですが、

それが日常生活の上でも

感謝の日々を送っておられるかどうかです。

それが日常生活に活かされて、

はじめて素晴らしい人になり、

幸福な人生になるのです。

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2011年8月 3日 (水)

藤原大士の一日一言 
909話 物忘れ、防止

「忙しい」と言い続けると、

「忘れる」ことが多く出て来ます。

実際に、すべきことが

次々とあるのですから、

忘れることも仕方ないと

思われるかもしれませんが、

忘れたために、期限を過ぎると、

その為に走り回ったり、

お詫びしたり、その始末に

また何倍も忙しくなる元を

作ることになります。

次から次へと、

しなければならない事に、

段取りを立てきらずに、

混乱している状態を、

「忙しい」と

言っているのかもしれませんね。

どんなに次々と行なうべき事があっても、

それが自分の頭の中で

しっかりと段取りを立てられ、

そのままに進んでいる時には、

「忙しい」とは感じずに、

「充実している」と感じるはずです。

「忙しい」時こそ、徹底してメモを取り、

記憶に頼ることは絶対にやめることで、

「忘れる」ことも、

大幅に減らすことが出来るはず。

どうぞ充実した時間で良いお仕事を!

◆ 関連908話「忙しい!」の口癖は?

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2011年8月 2日 (火)

藤原大士の一日一言 
908話「忙しい!」の口癖は?

「忙しい! 忙しい!」が口癖の人がいます。

しかしそう言いながら、はたして仕事や人生が、

次々に好転していくでしょうか。

「忙しい」という字は、

「心「を「亡くす」と書きます。

忙しがっていながら、

実は、今を乗り切るだけで精一杯になり、

大事なことを「忘れて」しまったり、

改善の工夫や、ヒラメキなども

出にくくなってはいませんか。

そして気がついたら、その忙しさが、

全体から見たとき、少しも良い方や、前に向いて

進んでいないことも少なくありません。

確かに戦力(人員)に対して、

仕事量の方が圧倒的に多いときもあります。

一人で何人分もの仕事を請け負っていることもあります。

しかし・・それでも「忙しい!」の言葉は、

なるべく禁句にしませんか。

        「忘れる」ことも、

「心」を「亡くす」と書きます。

りっしんべんに亡くすと書くか、

上下に亡くす心と書くかの違いです。

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2011年8月 1日 (月)

藤原大士の一日一言 
907話 百聞は一見に如かず

「百聞は一見に如かず」と言われる。

直接目で見るにこしたことはない。

目で見ることだから、読書も入るだろう。

そう言えば、「読書百遍意おのずから通ず」とも言う。

どんなに難しい書物でも、繰り返して読めば、

自然に内容が理解できるという意味だ。

しかし、一見も体験に如かずだ。

体験の積み重ねこそ、人生の宝である。

今日も、どうぞ良い一日を!

        今日は、神道のブログも更新しています。

第17話 田の神様、畑の神様のお話 

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