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2011年9月30日 (金)

藤原大士の一日一言 
967話 話の噛みしめ方のヒント

聞いた話を噛みしめるとは、まず

聞いた話を自分なりにまとめて見ることだ。

全部でなくても、印象に残ったことだけでも、

箇条書きにしてみることだ。

大志塾のオープンセミナーの時は、

「今日の持ち帰りの一言」

「今日から変える自分の行動」として、

一言ずつ発表をしていた。

参加された方は、その自分が言った一言を

確実に実行し、それが数ヶ月続いた人は、

現に大きな変化を起こしている。

人の記憶は、そのままでは本当に残らない。

キーワードとなる一言を手がかりに、

自分の行動に加える何かが見つけられれば、

自分を変えるきっかけとなるはずだ。

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2011年9月29日 (木)

藤原大士の一日一言 
966話 咀嚼の大切さ

セミナーなり、何かの面談を受けた後、

そのまま何もしないでいると、

自分の中に残るものは少ない。

なぜなら自分の知らないこと、

気付かないことの話を聞いた場合、

ただ聞き流しで、

自分の力となる事はまずないからだ。

食べ物でも、よく噛みしめて咀嚼し、

体内でもいろいろな消化の過程を経て、

身体に吸収されてはじめて栄養となるはず。

まずは印象に残った一言だけでも、

書き出して見てはいかがだろうか。

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2011年9月28日 (水)

藤原大士の一日一言 
965話 自分を写し出す鏡 

自分の本当の顔は、誰一人見ることは出来ない。

しかし鏡に写して見ることは出来る。

そして髪の乱れや、疲れた顔などに気づき

それを改めていくことが出来る。

仕事や日常のあり方も同じではなかろうか。

案外自分で自分の仕事の有り様は

見えないし、もし改めるべき所があっても、

気がつきにくい。

だからこそそれを写し出してくれる人の存在や

学びの場は、貴重なことになりはしないだろうか。

自分の改めるべき所や、

さらには他より勝っている強みなどに

気がつけば、大きな飛躍の素となるはずだ。

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2011年9月27日 (火)

藤原大士の一日一言 
964話 親の批判か、受け入れか

親の批判をする前に、まずは親の背中を見て、

学(まね)びをし、受け入れる柔軟さを持ち、

その上で、自分なら更にこうしたいと

思う創意工夫を加えていっては、いかがだろうか。

親がそれまで築き上げてきたことから、

逃げたり、背を向けていて、

自分の新たな手柄と名声だけを求めるのは、

土台のない建物を造るようなものではなかろうか。

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2011年9月26日 (月)

藤原大士の一日一言 
963話 守るか、手放すか 

簡単に手に入れたものは、

簡単に手放せる。

必死で手に入れたものは、

大事にもし、また必死で守ろうとする。

親の後を継いで、経営者になった人は、

いわば簡単に、社長、専務の地位を

手にしている。

初代の人が、必死で築き上げ、

守ってきたものを、無意識でも、

安易に考えてはいないだろうか。

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2011年9月25日 (日)

藤原大士の一日一言 
962話 長寿の人の共通点

長寿の人のお腹は、大変に柔らかいという。

健康で長生きの中には、

お腹の柔らかさは、大事な要素らしい。

すると暴飲暴食で、胃腸を酷使して、

いつ触っても、冷たく、コチコチというのは、

生活習慣そのものを改める必要がありそうだ。

今日も、良い一日を!

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2011年9月24日 (土)

藤原大士の一日一言 
961話 活動の気、回復の気

人は、起きているときには、火の気

寝ているときには、水の気に変わる。

火の気は、自らが発する状態。

水の気は、外からのものを受け入れる状態。

昼間は、自分からエネルギーを出し、活動する。

夜は、横になり水の気に変わって、

諸々の休息、回復の力を受け入れる。

不死鳥という言葉があるが、

本当に良い休息をとって、

毎朝不死鳥のように蘇ろう。

        回復の気を受けきれずに、

 朝、疲れた、だるい、やる気がない・・

 というときには、全身に朝日を浴びよう。

今日も、良い一日を!

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2011年9月23日 (金)

藤原大士の一日一言 
960話 人の心と秋の空

台風十二号に続いて、

強烈な十五号に見舞われましたが、

皆さん被害はありませんでしたでしょうか。

台風一過で秋晴れの日を迎えました。

女心に秋の空とか、

男心に秋の空などと言われますが、

要するに、人の心は移ろいやすいということです。

「よしやるぞ」と、決心したかと思うと、

「今日は疲れたから、明日にしよう」とか、

「やっぱり俺には無理だ」とか、

折角の決心も、いつの間にか鈍ったり、

諦めに変わったりしてしまいます。

何事にも平常心でいることが、いかにむつかしいか、

やる気であれ、寛容の精神であれ、

包容力であれ、愛情であれ、

継続はむつかしい。

それだけに挑戦のしがいはある。

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2011年9月22日 (木)

藤原大士の一日一言 
959話 立ち向かってこそ

親しくなって、色々な悩みを聞いたり、

助言をさせて頂くようになると、

段々と本音を聞くようになるが、

親の後を継いだ二代目の人の口から、

よく「自分は、逃げていました」

という言葉を聞く。

親の偉大さや、怖さ、頑固さから?

古くからいる社員の扱いにくさから?

なにより社長や専務の本当の役目や責任から?

しかし逃げて解決する物事は、ほとんど無い。

もし逃げ切れない役目ならば、

立ち向かってこそ、開ける道が出てくるはずだ。

まずはその気持ちになって立ち向かってみよう。

「ねばならない」と腰が引けていると、

失速に繋がるからだ。

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2011年9月21日 (水)

藤原大士の一日一言 
958話 形ある物の価値と形のない物に対する価値

日本人は、形ある物の価値は、

対価を払って手に入れるのが、

当然と思っているが、

(万引きや、泥棒でもない限り)

それを活かす為の力や知恵といった

形のないものに対しては、

案外、タダという感覚を持ちやすい。

自分の知らないことや、知識をタダで得て、

得をしたと思うのは、

もしかしたら一番損なやり方かもしれない。

なぜなら、その時限りで、

自分の中に残りにくいし、

それでは活かすことが出来ないからだ。

        対価の支払い方は、

必ずしも金銭だけではないはず。

 

その場合は、どんな対価の払い方があるだろうか・・?

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2011年9月20日 (火)

藤原大士の一日一言 
第957話 価値観の話

そのものが高いか、安いかは、

受け取る人の経済状態にもよるが、


その人の価値観が、そのものの値打ちどう評価するかで、

高いか、安いかが、決まるのではないだろうか。

自分にとって、必要のないものは、

例え百円のものであっても、高い、無駄な買い物になる。


お買い得、お値打ちというのは、

必要があってこそ、生きてくる。


お値打ちを決めるのは、安さの比率ではなく、

自分の持つ価値観なのだ。


        対価の支払い方は、


必ずしも金銭だけではないはず。

 

その場合は、どんな対価の払い方があるだろうか・・?



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2011年9月19日 (月)

藤原大士の一日一言 
956話 今日は、敬老の日

日本には、「一日の長」といって自分よりも、

目上の人に、敬意を示す習慣が根付いていた。

それがいつしか、老人、年寄りという言葉の中に、

敬いよりも、お荷物、邪魔者扱いする

風潮になってはいないだろうか。

人は、自分が扱われたように、人に接すると言うし、

自分が人に接したように、

自分もその立場になったときに扱われる。

それは態度だけでなく、心の中でどう思ったかまで、

同じように扱われると言うことだ。

もしも、自分が年寄り、汚い、役立たず、お荷物・・

などと思いながら、形だけ敬老といっても

同じことを繰り返されるのではなかろうか。

敬老の日は、年一日だけでなく、

本来毎日が、目上の人を敬う日であってほしいものだ。

        今日は、神道のブログも更新しています。

第24話 山幸彦と海幸彦の話 その2 

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2011年9月18日 (日)

藤原大士の一日一言 
955話 入れ替えのための熱

人の身体は、常に同じようでいて、

一年の中には、新陳代謝が強くなる

入れ替えの時期がある。

人によってその時期やサイクルは異なるが、

老廃物を押しだし、新しい力が強く入る時だ。

その時は、摩擦熱のように、

熱が出ることがある。

その時の熱は、

むしろ出し切った方が良い熱だ。

それを解熱剤などで、下げてしまうと、

身体の中の入れ替えが、不完全に終わり、

新しい力が、入りきれない。

        もちろん炎症を起こしたり、

細菌性のものの時などは、

 速やかに解熱が必要なはず。

 そこはお医者さんのご指導を仰いで下さい。

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2011年9月17日 (土)

藤原大士の一日一言 
954話 人の身体は、常緑樹

柿や銀杏などの落葉樹は、

晩秋になると一斉に葉を落とし、

春の芽吹きの季節まで、木を休ませる。

松などの常緑樹は、一年中青々とした葉をつけている。

しかし葉の入れ替えがないかというと、

少しずつ古い葉を落とし、新しい葉と入れ替えて、

全体には、常に青々とした葉を茂らせている。

蛇などは、ある時期に脱皮して、

一斉に皮膚が入れ替わるから、落葉樹に近いが、

人の身体は、常緑樹に近いのではなかろうか。

髪の毛なども、一斉にドバッと落ちて

新しく生えてくるのではなく、

すこしずつ新しいものと入れ替わっている。

皮膚も、古くなれば垢になっていく。

おそらく体内の細胞も同じはずだ。

気がつかなくても、少しずつ古いものを押し出し、

新しいものに、入れ替わっている。

明日の

 「955話 入れ替えのための熱」に、続きます。

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2011年9月16日 (金)

藤原大士の一日一言 
953話 臆面のない政治家

政治家の方が当選後、「今から勉強します」と

臆面もなく言う人が多いが、

本当にそれでいいのだろうか。

他の職業では、絶対に認められないことが、

なぜ政治家だけ堂々と

通用してしまうのだろうか。

今から勉強しますから、

あなたの身体の手術をさせて下さい

と言って身体を任せる人はいない。

今から勉強しますからと行って、

裁判の弁護を依頼する人もいない。

無免許の医師も、弁護士も、

それだけで犯罪だ。

政治は、国の骨格を作るものであり、

その枠組みの中で、私たちは暮らしている。

それを政治も歴史も知らず、

道義の持ち合わせもない人に、

任せていいものだろうか。

        しかし人の振り見て、わが振り直せ・・

 

経営を引き継ぐときに、本来は、

 社長になる前に、その心構えと準備をするべきで、

 

社長になってから、今から勉強しますでは

 本当はマズイのではなかろうか・・

 もし・・そうだとしたら・・

 今からでも必死で身につける覚悟が必要だ。

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2011年9月15日 (木)

藤原大士の一日一言 
952話 人の上に立つ人こそ

震災の復興を担当するはずの大臣が、

心ない発言で辞任に追い込まれたが、

なぜ就任数日にして、

こうしたことが続くのだろうか。

相手のために、相手の立場に立って、

考えたり、発言する習慣が、

なさ過ぎるからではなかろうか。

国会中継などを見ても、揚げ足取りと、

ヤジが、すさまじい。

大臣にしても、議員にしても、

それぞれの立場を認識しているのだろうか。

大臣という立場になってから、

いきなり身につけようとしても、

間に合わない。

世の中全体も、

人の揚げ足をとることはあっても、

相手の立場に立って、ものを考えよとは、

学校でも、家庭でも、

社会でも学ぶ機会は少ない。

「相手のために、相手の立場に立って」と話すと、

「そんな人の良いことを言っていたら・・」

と思われがちだが、

人の上に立つ人こそ、

これが付け焼き刃ではなく、

身についている必要が

あるのではなかろうか。

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2011年9月14日 (水)

藤原大士の一日一言 
951話 精読のススメ

        読書の秋でもあるので、

読書にちなんだ話を続けて

本当に中身のある本を読むときには、

一度では、その意図が

汲みきれないときもある。

そんな時には、二度、三度と

読み返してみてはいかがだろうか。

読書を通じて、書いた人の体験や、知識、

考え方などを受け取ることが出来たら、

経営や人生のより良い道筋を見つけたり、

加速をさせることも出来るはず。

自分の知らない話や、

今まで目を向けていなかったことは、

なかなか一回では、

それをくみ取ることは難しい。

速読も良いが、

本当に身につけたいものについては、

精読することも、おススメだ。

        関連 

949話 読書のススメ  0912

950話 読書と山登り  0913

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2011年9月13日 (火)

藤原大士の一日一言 
950話 読書と山登り

しばらく中断していた読書を始めるときに、

いきなり全何巻という大作に挑むと、

相当な負担ともなりかねない。

山登りも、小さな山からはじめ、

頂上まで登る喜びを得て、

段々と高い山に挑むように、

はじめは、一冊を読み切りタイプのもので

充実感を味わいながら、

進むのがよいのではなかろうか。

        久しぶりに、きちんとした?本を読むと、

 「あれ?頭がさび付いていたか??」

 と思うこともある。

 でも人の能力は、無限なもの。

使えば再生可能の力を持っているはず。

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2011年9月12日 (月)

藤原大士の一日一言 
949話 読書のススメ

世の中の流れが速くなって、
じっくり本を読むことが、まどろっこしく感じ、
読書から遠ざかってはいないだろうか。

気がついたら最近目にした読み物は、
いわゆるノウハウ本や、娯楽的なものだけだった・・、
となってはいないだろうか。

しかし自分の精神的な土台や骨格をしっかりと作るには、
きちんとした本を読むことをお勧めしたい。

たとえば伝記や、歴史などはいかがだろうか。
「学ぶ」ことは、「まねぶ」ことだとも言います。

読書をすることで、知らず知らずのうちに、
その生き様に感応し、今までと違う視点で、
物事を見られることが、増えてくるのではなかろうか。

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2011年9月11日 (日)

藤原大士の一日一言 
948話 秋の味覚

流通技術が進み、

世界中からの食べ物が食卓に並んだり、

ハウス栽培などが当たり前になって

季節の物を、食べるという感覚が

少なくなってきた。

ほとんどの物が、いつでも出回っている。

だから無季節、無国籍の観が強いが

日本は、本当は四季のある豊かな国だ。

心豊かに暮らそうと思えば、

ささやかな食生活の中にも、

季節の変化を楽しむことが出来るはず。

秋は、実りの秋でもある。

今年は、津波や台風などの

大きな被害があるから、

いつもの年のような実りの秋には

なりにくいかもしれないが、

何か一つでも、小さい秋をみつけて、

次への力を繋いでいこう。

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2011年9月10日 (土)

藤原大士の一日一言 
947話 自分に、投資しよう

投資には、設備投資や不動産、株など、

いろいろあるが、

自分自身に対しての投資は、

どのくらいしているだろうか。

案外忙しさに紛れ、「時間が出来たら」

「余裕が出たらと」

先延ばしにしてはいないだろうか。

自分自身の健康に対しての投資、

判断など、力量を育てる為の投資、

一度きりの人生を

悔いなく過ごせるための投資、

その為には、「忙しい」を

理由として放置するのは、

もったいないことだ。

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2011年9月 9日 (金)

藤原大士の一日一言 
946話 評価、三段階

ある人が言った。

金を残して死ぬ人は、下。

仕事を残して死ぬ人は、中。

人を残して死ぬ人は、上だと。

金は、手に入れる手段方法によっては、

人を踏みつけにしたり、

その為に恨みを買うこともある。

仕事を残すことも、

その時代の求めに合ったために、

それが成果として残せたとしても、

長い目で見たときには、

人の健康や精神を害してしまうものも、

今までの歴史の中では、少なくない。

人育ては、時間も根気も必要だ。

しかし将来を決める一番の力となる。

松下村塾で育った人達によって

明治維新がなったことは、その代表である。

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2011年9月 8日 (木)

藤原大士の一日一言 
945話 手段方法を見直そう

目的や進めて行く内容が正しくても、

それを知らせる手段方法が

時代に合っていないと、

なかなか進展に結びつかないことがある。

まじめな人ほど、宣伝広報を考えにくい。

どんなに良いものであっても、

知られないことには、

必要な人のところに

届けることは出来ない。

いいものであれば、

それを必要としている人は、

多いはずである。

それが潜在需要にならないように、

知らせるための手段方法を

見直すことも必要ではなかろうか。

        というものの、世の中の流れは、

驚くほど早い・・

と思うのは、私だけだろうか。

フェイスブックやツイッターなどなど、

なかなかついて行かれない。

活かし方のヒントなど、

教えて頂けませんか?

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2011年9月 7日 (水)

藤原大士の一日一言 
944話 自社の強みと目的を見直す 

今、進めている仕事の目的は、何だろうか?

「そんなこと金儲けに決まっているだろう」

という思いしか出てこないときにも、

一歩踏み込んで、考えて見てはいかがだろうか。

「この仕事は、どんな社会貢献のために、

行なっているのだろうか?」と。

「金儲けのため」だけに、突き進んできた人が、

その見直しをしたとき、

「何のために、仕事はするのか」の問いかけに、

自分自身の中から、何一つ出てこなかったという。

空っぽだったと気付いたその人は、

それから二三ヶ月悩み続け、

「自社の強みは、何か」を改めて見直したという。

自社の強みを知らなければ、

何を、どう貢献したらいいのかが分からないからだ。

「そうだ、自社は、○○をもって世の中に貢献しよう」

と気付いた時に、

思いがけない仕事のアイディアが浮かび、

大きな飛躍に結びついた人がいる。

        「儲けよう、儲けよう」では、

アイディアは、なかなか出てこない。

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2011年9月 6日 (火)

藤原大士の一日一言 
943話 「ダメだ・・」は、即座に打ち消そう

何か物事をするときに、

なかなか結果に結びつかないと、

「どうせ、今回もダメじゃないかな・・」と、

はじめから悪い結果を

思い描いてしまうことがある。

それが出たときは、即座に打ち消そう。

はじめから本人が、

ダメだと思って進めたものが、

本人の予測に反して、

良い結果が出ることなどほとんどない。

「ダメだ」という思いが浮んだときは、

「ダメじゃない!」と、直ちに打ち消す

習慣を身につけて乗り越えよう。

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2011年9月 5日 (月)

藤原大士の一日一言 
942話 伝える努力 

自分が、行ないたいこと、

目指していることを

一度伝えて、

それが分かってもらえないからと、

諦めてはいないだろうか。

自分自身に対しても、

何を目指していくのか、

どう行動したいのかを、

自らにたたき込むのには、

毎日でも繰り返し、

言葉に出して言う必要がある。

まして自分以外の人に伝え、

それを共感、共鳴、共有

してもらうためには、

より繰り返し伝える努力が、

必要ではなかろうか。

自分で、自身のものにするための努力、

人に、それを共有して頂く為の努力、

はじめは報われなくても、

繰り返し伝え続けることで、

それがある一定の温度に達したときには、

自然に動き出す力を持ってくるはずだ。

        今日は、神道へのいざないブログも更新しています。

 

第22話 人は、なぜ生まれ、どう生きるべきか

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2011年9月 4日 (日)

藤原大士の一日一言 
941話 適度な湿度

**昨日は、嵐の中での小田原講演でした。

にもかかわらず地元神奈川の方だけでなく、

岡山や京都、東京、埼玉、静岡等から

おいで頂いた方、ありがとうございました。

不思議なことに

ちょうど小田原に来られた時刻に

雨が切れて、太陽が顔を出しました。

では、今日の一言を・・

空気が乾きすぎると、

喉がカラカラになったり、

湿度が高すぎると、ジトジトして、

室内にカビが生えやすく、

共に、人の身体にも、良くないらしい。

人は、寸刻も止められない呼吸を通じて、

鼻(口)からも、皮膚からも、

空気中に適度に含んでいる湿度をも、

取り入れているのではなかろうか。

そのくらい目に見えない回りの空気と、

私達は繋がり、そして生かされている。

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2011年9月 3日 (土)

藤原大士の一日一言 
940話 毒素排出 

    * 台風十二号の影響で、

各地で大荒れのニュースが流れています。

被害などは、なかったでしょうか?

また今日の講演会に

小田原まで来られる方も

どうぞ気をつけてお越し下さい。

では、今日の一言を

体内に、老廃物や毒素をため込んで、

何日も出せないでいることを便秘といって、

身体の健康にもよくない。

これは誰でも知っているから、

薬や浣腸などを使ってでも外に出そうとする。

しかし、精神的な便秘は、どうだろうか。

身体の方は、三日も出ないと

大変な悩みになるのに、

何年はおろか、何十年も前の

恨みや辛かったことなどを

後生大事に心の中に

ため込んではいないだろうか。

(立派な精神的、便秘だ)

食物でも、栄養となる物は

体内に取り入れ、

老廃物や毒素は、

一刻も早く出してしまうのが、

健康の秘訣のはずだ。

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2011年9月 2日 (金)

藤原大士の一日一言 
939話 社長と社員のベクトル合わせ

    * 台風十二号の、

被害などはなかったでしょうか?

台風から離れたところでも、

驚くほどの大雨のところがあり、

自然の驚異に改めて驚かされます。

では、今日の一言を・・

人は誰でも、本当はお世辞が大好きだ。

しかし自分の顔色ばかりを見ているという

社員ばかりを大事にしていては、発展性はない。

出来ることなら、社長が目指す方向に

共に目を向け、そして行動してくる社員が

会社を発展に導いてくれるのではないだろうか。

社長と社員のベクトルがあってこそ、

発展に向けた大きな力が生まれてくるはずだ。

        お知らせ 明日、3日の小田原講演は、

 テーマを「神道とは」に、変更致します。

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2011年9月 1日 (木)

藤原大士の一日一言 
938話 社員の生活向上と共に栄える会社に

**大型の台風十二号が、近づいています。

今日は、二百十日と呼ばれ、

昔から台風の訪れの多い日とされていました。

  雨風も強いとの予報てす。どうぞ気をつけて下さい。

  では、今日の一言を・・

ある社長さんが、素晴らしいことを言った。

「わが社は、社員の成長と共に

栄える会社を目指します」と。

それは長く続けてきた社長の話の中でも、

社員にとって一番嬉しい言葉であったという。

そして「自分も、社長と共に栄える会社を

目指して頑張ります。」と言われたそうだ。

経営者と従業員は、ともすると

対立する立場になりやすいが、

対立よりも、共栄を目指すことで、

今まで以上の発展の力が生まれてくる。

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