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2011年11月29日 (火)

藤原大士の一日一言 
1026話 社内の宝さがし

毎日見ているものは、

それが高価なダイヤであっても

気がつかず、ガラス玉以下の扱いをしたり、

埃まみれにさせてしまうこともある。

自社の中に眠っている、

あるいは埃をかぶっている

そうした宝はないだろうか。

他では代えられない技術でも、

自社では当たり前のことで

特に珍しくもないと、

放置してはいないだろうか。

まずその目で、

社内を見てはいかがだろうか。

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2011年11月28日 (月)

藤原大士の一日一言 
1025話 二重の開け

外国では、ラッキーセブンという言葉があるが、

日本では、八は、「末広がり」にも通じ、

「開け」という意味を持っている。

今日は、二十八日だ。

「二重の開けの日」と受け止めて、

積極果敢に行動しよう。

    今日は、神道のブログも更新しています。

第33話 天命と誕生日の関係

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2011年11月27日 (日)

藤原大士の一日一言 
1024話 ご利益信仰、行きすぎは、危険

「信仰心がある」と言われる人でも、

実は「ご利益信仰」である人が、大変多い。

神様に、ご利益を求めては

いけないわけではないが、

そればかりになると、神様との波長よりも、

俗に言う動物霊との波長が合いやすくなる。

(ご利益を)「くれ、くれ、くれ」と

際限なく求める心と、波長が合うのは、

神様ではなく、むしろ動物霊などの方だからだ。

昔からも、欲をかいた人が、

たくさんの小判を手にしたと喜んでいたら、

実は木の葉で、キツネやタヌキに

見事に化かされていたという話がある。

「くれくれ」「儲かりますように!」のその前に、

(今日も、あるいは今月、今年も)

ありがとうございました。

と無心にお礼を言いに神様の元を訪れ、

その上でご加護を願ってはいかがだろうか。

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2011年11月26日 (土)

藤原大士の一日一言 
1023話 四季の変化 紅葉狩り

日本は、四季の変化のある美しい国だ。

普段都会で暮らしていると、

季節の変化に気がつきにくいが、

少し目を転じれば、紅葉も色づいている。

「紅葉(もみじ)狩り」という言葉も、

日本独特の習慣だろうか。

実際に食さなくても、「目で見て、心の栄養とする」

そして明日の活力とさせて頂いてはいかがだろうか。

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2011年11月25日 (金)

藤原大士の一日一言 
1022話 十一月、十二月の過ごし方

一年の巡りとしてみたときに、

十一月、十二月は、少し特殊な意味を持っている。

この時期は、漫然と過している人には、

時として落とし穴に落ち込む危険もはらんでいる。

しかし過ごし方によっては、

大きく開ける元を作れる時期でもある。

どちらかに大きく分かれる要素を

持っている時でもあるので

一層引き締めて、一年の締めくくりと

来年の目標に備えては、いかがだろうか。

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2011年11月24日 (木)

藤原大士の一日一言 
1021話 視点を変える 

日が昇る、日が沈むと言う。

普段は、太陽が地球の周りを回っているように思えるが、

実は、地球が太陽の周りを回っていた。

人は、ついつい自分中心に物事を考え、

自分中心に世の中が回っていると思いがちだ。

だからすべて自分に合わさせようとしがちだが、

自分が合わせなければならないものがあり、

自分がそこに合わせて考え、行動することで、

信じられないほど大きな力を得られることに

気がついてもよいのではなかろうか。

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2011年11月23日 (水)

藤原大士の一日一言 
1020話 新嘗祭と勤労感謝の日 

今日は、勤労感謝の日だ。

「勤労をたっとび、生産を祝い、

国民互いに感謝しあう」事を趣旨としている。

そして神道では、新嘗祭(にいなめさい)の日だ。

神様に一年の感謝を捧げる大事なみ祭りである。

人は、お願い事だけして、感謝を忘れる事が、

多いが、感謝の気持ちがあってはじめて、

自分の中にしっかりと根付くものがあり、

そして次への祈願に繋ぐことが出来る。

人の努力は大事だが、それが花を咲かせ、

大きな実りとなるためには、目に見えない

大きな神様のお力があってこそだ。

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2011年11月22日 (火)

藤原大士の一日一言 
1019話 時を待つことの大切さ

蛇口をひねれば、水が出る。

スイッチを押せば電気が付く。

現代人には、当たり前のことだが、

それが感性を鈍らせる一因となっては、

いないだろうか。

何でも自分の思うとおりになると思い、

「時を待つ」ということを知らないと、

かえって自分の思うとおりに物事は動かない。

人の心が、動く為にも、

大きな仕事を仕掛けるにしても、

時期を見る、時を待つことが、

大切な時があるのではなかろうか。

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2011年11月21日 (月)

藤原大士の一日一言 
1018話 人事の目を磨く

本質的にナマケモノな人は別にして、

その人にあったことを担当したときには、

驚くような集中力と、結果を出すときがある。

ただ自社の仕事と相性が悪いときには、

その働き場がないことがある。

採用の前に、その人の持ち味が、

自社との相性が良いかを見て採用するのが理想であり、

一般に考えられている以上に、

「人事担当」の力量は、社内に大きな影響がある。

「人事」の目を磨くことに、

もっと力点を置いても良いのではなかろうか。

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2011年11月20日 (日)

藤原大士の一日一言 
1017話 飲む点滴、飲む美容液

お米を麹で発酵させた甘酒は、

飲む点滴とも、飲む美容液とも言われるそうだ。

食欲がなくても、こうしたものならば、

吸収出来るのではなかろうか。

ただし市販のものは、加熱しているために、

酵素などの働きが違ってしまうそうで、

可能な限り家で作るのが良いようだ。

    子供の頃、よく母が作ってくれた。

昔は、サプリメントなどなくても、

身近な材料で作る、身体に良いものが

いろいろあったように思う。

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2011年11月19日 (土)

藤原大士の一日一言 
1016話 栄養と吸収

体調を崩した時など、食欲がなくても、

「無理をしても、食べなさい。

栄養を取らないと、回復しないよ。」

と言われる。

しかし食欲のない時には、

身体に栄養を吸収する力がないときだ。

無理に食べさせても、

かえって身体の負担となってしまう。

身体が吸収出来る食事の工夫をするか、

一日、二日ならば、食事を抜いて、

寝ている方が早く治ることもある。

寝るのは『寝薬(ねぐすり)』

という言葉もあるようだ。

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2011年11月18日 (金)

藤原大士の一日一言 
1015話 世の中の流れを変えるには 

どんなに良い教訓であっても、

それをそのまま伝えたときに、

相手に受け入れられるとは限らない。

その時代、世の中全体の流れが、

良い方向に向っているときには、

自然に受け入れられることも、

世の中全体が、退廃し、

むしろ破滅に向いつつあるときには、

それを食い止めるための言葉や行動は、

世の中の流れに逆らうために、

相当な覚悟と努力、そして継続性が必要だ。

現在は、世の中の流れに身を任せることは

たやすいが、大変に危険なことだ。

はじめ世の中の抵抗が強かろうとも、

その流れを変えていく努力が

必要な時代のはずだ。

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2011年11月17日 (木)

藤原大士の一日一言 
1014話 経営者の自問自答

「世の中のお役に立てる会社になれ」は、

経営者が常に心がけるべきことではなかろうか。

ただこの言葉を覚え、棒読みすることではなく、

それを自分の身体の中、心の中、頭の中にたたき込み、

(人から言われた言葉ではなく、)

自分自身の信念の様に出てくることが必要だ。

「何をもって、世の中に貢献するのか」

をはっきりと打ち出してみてはいかがだろうか。

「このことは世の中の役に立つだろうか」と、

常に自問自答して進めていくことが必要で、

それが基盤にある判断は、徐々にであっても、

正確な判断に結びついていくはずだ。

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2011年11月16日 (水)

藤原大士の一日一言 
1013話 時間泥棒をなくす

人が働くのに、時間だけそこにいて、

実は、何の戦力にもなっていないことがある。

気を抜き、手抜きで、

俗に「時間泥棒」と言われる働き方だ。

残念ながら社内の何分の一かは、

この可能性があるのではなかろうか。

現在は、勤勉の大切さ、

勤労の貴さをほとんど教えられずに過し、

少しでも楽に、手を抜くことが、

要領がよい生き方だと、

世の中全体に染みついている。

「世の中のお役にたてる人になれ」は、

一昔前の教えと思われるだろうが、

仕事には、本来この心意気が基本に必要だ。

社内にこの心が育っていくことが、

とりもなおさず、良き戦力に育つ事にもなる。

        ただ社内で「世の中のお役に立てる人になれ」

と、朝礼などでいきなり言っても、

すんなり受け入れられるとは限らない。

繰り返し、打ち出していく必要があり、

子供を育てるときのような愛情と根気が必要だ。

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2011年11月15日 (火)

藤原大士の一日一言 
1012話 一人の手より、大勢の手を

自分一人で出来ることには、限りがある。

自分の時間が、「一日、二十五時間欲しい」

などと思ったことはないだろうか。

だから人を雇い、それぞれの人の

能力と、時間を提供して貰う。

その最初が代理人の制度であった。

人は、一人では自分の思うとおりには

なりにくくとも、

他の人の力を借りることによって、

いろいろなことが出来るのだ。

その典型が会社である。

ならば、経営者の思いの通りになる

会社であるべきではないだろうか。

全社一丸となって進める会社こそ理想なのだ。

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2011年11月14日 (月)

藤原大士の一日一言 
1011話 優秀な人を活かし、束ねる

経営者は、全ての部門において、

人より秀でる必要はない。

それぞれの分野においては、その専門家のほうが、

勝っていて当然なのだ。

むしろその分野においては、

自分よりもはるかに優秀な人を、

如何に束ね、活かしていくかの方が、

経営者の力量としては、

求められるのではなかろうか。

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第31話 鹿島の神様のご神徳

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2011年11月13日 (日)

藤原大士の一日一言 
1010話 身体の冷えにご用心

急に寒くなって体調を崩す事もある。

気温の変化に身体がついて行けず、

意外にお腹や足の先が冷えていることがある。

「冷え」は、内蔵の働きや、血流が悪い証拠だ。

お腹や足先を湯たんぽや足湯などで、

芯から温めて季節の変わり目を乗り切ろう。

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2011年11月12日 (土)

藤原大士の一日一言 
1009話 食べ物にもっと関心を

「食は、人を良くする」と書く。

そして健康や命を養うものでもある。

しかし最近は、その食が自分達の健康や、

命を養うものであるという感覚が、

弱くなってはいないだろうか。

国産のもの、無農薬のもの、

天然のものとこだわって探すと、

驚くべき事に気がつく。

世の中に溢れるほどにある食べ物だが、

如何に国産のものが少ないのか、

また天然の魚も昆布なども、激減している事を知る。

自分達の命を支える食にもっと関心を持つと、

環境の問題にも自然に目が向くはずだ。

ただ安い、便利なだけで、無関心な事は、

自分の健康にも無関心になってはいないだろうか。

TPPに参加すると、食糧自給率が

十三パーセントまで落ち込むと言われるが、

その後で、食料閉鎖をされたら、

日本は死活問題に直面することになる。

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2011年11月11日 (金)

藤原大士の一日一言 
1008話 決断には、準備が必要

立場が上の方ほど、

その決断を下す前提として、

準備が必要なはずだ。

たとえば今話題のTPP参加の是非。

総理の決断は決まっていると言うが、

参加した場合のメリット、デメリットは何か、

参加しなかった場合はどうかの検討と、

それに対する対策をたてた上での

決断であろうか。

かつてレモンなどの自由化に踏み切ったとき、

アメリカの安いレモンに押されて、

当時のレモン農家は,壊滅的な打撃を受けた。

この教訓をどう捉え、

どう対策をたてたのだろうか。

決断には、準備が必要。

指導者こそ教訓を生かすべきだ。

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2011年11月10日 (木)

藤原大士の一日一言 
1007話 聞く、聴く、効く

聞く、聴く、どの位、顧客の、

あるいは世の中の声を聞くかで、

それに答えるもの、

必要とするものを出す事が出来る。

摂政関白の、「摂」の字は、

かつて「攝」と書いていたそうだ。

二つの耳ではなく、

三つの耳を書いていると言うことは、

「心の耳」でも聴くということだろうか。

「自分の話を聞いてくれない」と、言う前に、

まず相手の話をよく聞くことで、

自然にこちらの話も入りやすくなる下地を作ろう。

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2011年11月 9日 (水)

藤原大士の一日一言 
1006話 今しかない!

「明日があるさ」と言うが、

仕事に、その気持ちを持ち込むのは、

先延ばしの習慣をつけることになり、

仕事の先取りはしにくくなる。

今しかない!今日しかない!

と思うくらいの心意気で、

今日を過そう。

きっと良い明日に繋がるはずだから。

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2011年11月 8日 (火)

藤原大士の一日一言 
1005話 心に錦をまとうには 

「ぼろは着てても、心の錦~」

という歌があったが、

どんなときでも、

決して心が貧しくならない心意気、

またどんなに事業が好調で、

また高い地位についても、

決して驕らない、謙虚さを保つこと、

どちらも至難の業だと思うが、

日本人は、本来これが出来ていたはずだ。

どちらの立場になったとしても、

本来の日本人の魂は失いたくないものだ。

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2011年11月 7日 (月)

藤原大士の一日一言 
1004話 観音下座の業 

観音様は、皆が仰ぎ見る高いところではなく、

むしろ一番下の誰もが顧みないところにいらして、

人の心を下からみておられると言われています。

人の心の本当のところは、

下からみた方が、よく見えるそうです。

お金があるときには、ちやほやしていた人が、

一旦没落すると、掌を返すように冷たくなる。

人は、その人の中身でつきあっているのではなく、

その地位や財産という衣と

つきあっているのだと痛感するはずです。

しかしそんな時に、決して変わらず接してくれる人は、

あなたの衣ではなく、中身とつきあってくれる人なのだ。

また悪意でなくても、

無意識に人を見下したことはないだろうか。

人を見下したつもりが、

反対に人々から判定されていることもある。

人とのおつきあいは、心してしよう。

やはり誠心誠意が大切ですね。

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第30話 武人の天命を生かす

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2011年11月 6日 (日)

藤原大士の一日一言 
1003話 木造の家とコンクリートの家

木造の家と、コンクリートの家では、

人の健康や疲れの取れ方に、かなりの差がある。

『木』は、人の休んでいるときにも、

『気』を与えてくれるが、

『コンクリート』は、反対に、

人から『気』を吸い取る性質を持っている。

それは長い間には、かなりの差となってしまう。

もしコンクリート造りの家にお住まいの時には、

家具やベッドなどに、良い木を使うなどの

工夫をされてはいかがだろうか。

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2011年11月 5日 (土)

藤原大士の一日一言 
1002話 奇想天外な話を聞いたときには

「奇想天外」な話を聞いたとき、

どのような反応をされるだろうか。

奇想天外な話は、ただのホラ吹きが

言う時がほとんどだが、

中には、本物の未来予測の時もある。

しかし本物であっても、その時点では、

とうてい実現不可能に聞こえるものだ。

普通の人は、「そんな、あり得もしないことを・・」

と、聞き流してしまうが、

「えっ?、本当にそんなことが可能なのですか?」

と目を輝かせ、

「どうしたら、それが可能になりますか?」

と真剣に受け止める人もいる。

また、警告を出したときも、

「それは大変だ。どうやってそれに対して、

手を打ったらいいのですか?」

と問いかけていく人がいる。

そうした人が、世の中を導いていくことが

出来るのではなかろうか。

本物の予測を受け止める力、

そして行動に移せる決断力、

そうした力が、不可能に見えることを、

可能にしていくことが出来るのだ。

◆私の話も、時々「奇想天外な話」

と、思われることがある。

しかし何年か後になって、

「あなたの言ったとおりに世の中が動いている」

と言われることが多い。

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2011年11月 4日 (金)

藤原大士の一日一言 
1001話 トップを目指せ!

太閤秀吉は、なぜ足軽から、

(元は、武士ではなく農家の出身)

天下を取るまでに出世出来たのだろうか。

それには、いろいろな説があると思うが、

それぞれの与えられた場所で、最善を尽くし、

常にその場所でのトップを

目指していたからではなかろうか。

草履取りで、一番に、次に足軽で一番に、

それぞれの奉行で一番を目指して、

段々と上に登っていったから出来たのだ。

最初から天下取りを目指したら、

むつかしかったであろう。

人はつい自分の足元を見ないで、

高いところを望みがちなものだ。

しかし一歩ずつその地位での

トップを目指しながら、

階段を登っていくのが、堅実である。

しかしそこで、そこそこに、

ほどほどにとしていると、

その上の階段は、自分の前に現われてこない。

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2011年11月 3日 (木)

藤原大士の一日一言 
1000話 原点に立ち返る 

アラビアンナイトに「千夜一夜の物語」があるが、

この『一日一言』も、今日で千話になりました。

「光陰矢の如し」と言われるように、

本当に月日の経つのは早いもので、

あっという間に千回になりました。

一つの区切りとして、原点に返り、

人はなぜどこから生まれ、人の世において何をなし、

いずこへ帰るのかを考えて見てはいかがだろうか。

そうすれば、創業者は何の思いで

この企業を立ち上げ、何をもって世の中に貢献し、

この先をどうされようとしておられるのか、

こうした原点からの見直しをされるのも

よいのではないでしょうか。

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2011年11月 2日 (水)

藤原大士の一日一言 
999話 活力の出るスローガンを

明治維新の時に、日本が掲げたスローガンは、

『富国強兵』だった。

スローガンは、簡潔にして明瞭、

その一言で、皆の心が高揚し、

そして同じ目的の下に邁進出来るものがよい。

企業でも、そうした活力の出るスローガンを

掲げはいかがだろうか。

☆ 明日は、いよいよ1000話です。

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2011年11月 1日 (火)

藤原大士の一日一言 
998話 継続は、力なり

継続は力なりというが、

難しいことは、毎日続きにくい。

継続するためには、毎日出来ること、

誰でも出来ることを選び、

それを確実にひと月、ふた月と

続けていっては、いかがだろうか。

ただそれだけだと、やがてマンネリになり、

継続の意味が無くなってくる。

それを続けるには、何を目的にしてやるのかを

明確にして、その為の継続にしたら、

いろいろな気づきも、工夫も生まれてくるはずだ。

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