願い事にも、たくさんの段階がある
また願い事についても、たくさんの段階があることに気がつくようになってきました。例えば一口に「商売繁盛」と願われましても、それが「自分だけの商売の繁盛」を願っているのか、「取引先や従業員のことも考えて、共に商売繁盛」と思っているのかどうかによっても違うのです。
また願い事についても、たくさんの段階があることに気がつくようになってきました。例えば一口に「商売繁盛」と願われましても、それが「自分だけの商売の繁盛」を願っているのか、「取引先や従業員のことも考えて、共に商売繁盛」と思っているのかどうかによっても違うのです。
神様は、当時の私が、自分だけの願い事から、神様の『意に乗る=祈り』へと転換するようにされたのだと思います。
一般には、神様のところに行くのは「自分の願いを叶えてもらいに行くもの」と思われています。ですが段々に神様との接しが深くなるにつれて、神様に対しては自分の願い」を聞いて頂くだけでなく、さらに神様の「ご意思を伺い、それに添って人生を過ごす」という、「祈り= 神様の意に乗り過ごす」があるのだということを感じるようになってきました。