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2007年4月 4日 (水)

すべては自己責任の原則

確かに人生には、浮き沈みがあります。「良い時三年、悪い時四年と心得、その悪い時は、次の機会に備えての学びの時と心得られるがおよろしかろう」とは、弘法大師様のお言葉ですが、人生には何かを恨みたくなるようなことに出会うことも少なくありません。ですがその思いに流されていると、どんどん自分の心も人生も落ちていってしまいます。

神様は『恨み、恨まる、共に罪』と言われます。それは恨む人も、恨まれる人も、共に神様から見たら罪だということです。

でも恨むこと、人のせいにすることをやめようとしても、なかなか自分の心から出て行かないとしたら・・自分の目線をなるべく大きなところに持っていくことです。人のせい、世の中のせいにしている間は、絶対に人生は開けません。

閉じこもっている人の共通点は、必ず人のせいにする、親のせいにする、周りの人のせいにする、そして狭い部屋の中から身体も心も出ようとしません。

同じ人生ならば、殻に閉じこもるのではなく、自らの殻を破り、そして大きく成長した自分をもって、世の中に貢献すべきではないでしょうか。

むかし、弘法大師様が中国へ渡られた時の師と言われた恵果阿闍梨様は、次のような例でお諭し下さいました。「近頃の人々は、何事も他人のせいにしがちですが、そうではありません。すべては、ご自分に起因していることに気づくべきです」とおっしゃって、水の入った湯飲みを取り出され、そこに墨を一滴垂らされました。すると水は黒く濁ってしまいました。

「皆さんが、この湯飲みのような器になっていますと、直ちに外からの影響を被ってしまいます。しかし、皆さんの器が、たとえ小さな小川であっても、水が流れていれば何の影響も受けないのです。墨を垂らすことは同じであっても、瞬時に押し流してしまいますので、なんらの影響も受けません。

たしかに近頃ではよくない心がけの方が増えましたので、中にはその小川に石を投げ込んだり、木で堰止めをしたりする者がいるかも知れません。その時でも、あなたが黄河や揚子江のような大河の器になっていれば、どんな大きな岩で邪魔をしようとしても、その岩をも押し流すことが出来るのですよ。要は、あなたの器次第と言うことではありませんか。決して他人様のせいではありませんよ」と言われたのです。もって銘記して下さい。

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