導きの人 (3)
私が、防衛庁に入って間もなくの頃、この方のお家に初めてお伺いをした時、奥様から、「主人のあだ名を、ご存知ですか」
と問われ、日頃の謹厳実直なこのお方に、あだ名などあるのだろうかと思いながら、
「存知ません」
と申し上げると、
「ブカブカ、ドンドンって、言うんですよ」
と、笑いながらおっしゃられて、
「なんだかチンドン屋のような、変なあだ名だなあ」
と思いましたが、その意味は、部下のこととなると、いわゆる目がないという意味だったのです。
その後、私が陸上幕僚監部の職員人事を担当していた頃、昼休みに所要があって他の課の庶務係長のところに参りますと、当の係長のところに、大勢の人だかりが出来ており、仕方なく待っている間に、それとはなしに聞いておりますと、この係長は、戦前に近衛の小隊長をしておらた時の話をしていたのです。
彼の話によると、部下が喧嘩をして、こともあろうに、陛下から拝領の銃を折ってしまったというのです。当時のことですから、
「これは軍法会議もので、大変なことになる」
と、真っ青になり、ただちに中隊長に報告したところ、中隊長も、
「こりゃ、大変だ」
ということで、喧嘩をした当の二人と、中隊長と小隊長であるこの係長が、おそるおそる大隊長の前に出て報告をすると、大隊長は、ことのいきさつをじっと聞いておられたが、「互いに陛下のことを思う余りに激論となり、してはならない銃で喧嘩をしてしまった」ということだったのです。
その経緯を聞き終られると、大隊長は、しばらくじっと目を閉じておられましたが、やがて静かに、「ことのいきさつはよくわかった。二度と起こさぬように気をつけなさい、それじゃ」と言われたというのです。
「軍法会議に送られて、大変なことになる」
と、それこそ首を洗って大隊長の前に出ていた四人は、あっけにとられて、しばし呆然としていたということです。
それ以来、何のお咎めもなく、事なきをえたそうですが、それはこの大隊長が、
「武器納入の際、ひびが入っていたことの点検確認を見過ごした自分の責任である」
として部下をかばい、ご自分の責任として処理をされていたというのです。
この係長も、この時のことが忘れられず、こうして何十年も過ぎて後、若い方達に話しをしておられたのです。
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