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2008年2月10日 (日)

放送局は休み?

ところが、何回目かにお伺いした時、この方が、

 「君の論法だと、今日は放送局は休みだね」

 と、唐突に言われたのです。その意味を解しかねた私は、

 「はあ?」

 と、言いますと、

 「放送局は、放送しているけれども、ここにテレビがないから、見たり聞いたり出来ないのと違うかね。もちろん、テレビがあっても、スイッチを入れなきゃ駄目だがね。スイッチを入れても、チャンネルが合わなきゃNHKを聞こうと思ってもNHKを聞くことは出来ないし、民放を見ようと思っても、民放に合わせなきゃ民放を見ることは出来ないのじゃないかね」

 と、おっしゃるのです。

 このお言葉の中には、「神様の世界を知るにも、こうした段階があるよ」ということも暗示して下さっていたのでしょうが、この時には、そうしたことを知る由もありませんでした。

 「うん、なるほど理屈はそうだけど」

と感心しておりますと、すかさず、

 「神様も同じだよ。神様は人類の親だから、子供のことを心配して、常に私達に話しかけをして下さっているんだよ。だけど、こちらが受け取るチャンネルを持っていないから、わからないんだよ」

 「えっ」

 「その気になって、神様と気持ちを合わせれば、神様からのお話を受け取ることも出来るんだよ」

 とおっしゃられるのです。そうして、すかさず、

 「理屈はいいから、騙されたと思って、とにかくやってごらん」

と言われ、いつもはなんだかだと反論していたのですが、この時ばかりは何にも答弁出来ませんでした。

私が経験した国会の各委員会の応答などは、その場その場において即答をしなければ、「休憩」と言われてしまうと、次はいつ再開されるか分からないので、後から考えれば理屈のつくことでも、即答主義でなければならないという事に慣れていたので、

 「いやぁ、参った」

 と、思いました。

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