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2008年2月 5日 (火)

導きの人

 この方は、私が防衛庁に職員として採用になり、当時横浜の桜木町駅近くで、MDAPの荷役を担当していた陸上自衛隊の京浜港湾処理隊の初代の隊長であった久保田健義氏です。戦時中は昭和天皇様の直接の身の回りのことを担当された近衛の第一大隊長をなさられたお方です。

私が防衛庁に入った時から、ずーっとお世話になった方だったのですが、私が防衛庁から内閣の国防会議事務局へ出向する頃には、朝霞の陸上自衛隊の輸送学校長兼駐屯地司令をされており、そこを最後に退職をされ、大手の企業に重役として勤務をされるようになられてからは、十年近く年賀状だけのご無沙汰になっていたのです。

 この方は、福岡県の久留米市から少し山の方に入った神社のご出身で、奥様が私と郷里が同じ愛媛県の松山市の大きな神社のご出身ということで、以前には何度か官舎にお伺いをしたことがありましたが、当時はトンと失礼をしていたのです。

 私が防衛庁に入った頃に、この方は丁度お名前を変えておられ、当初は「次良」という以前のお名前と、「健義」という新しいお名前の両方の書類が届いたりしていましたが、

 「この名前に変えると、七十歳まで重役でおれるというのでね」

と言って、ご自分でも笑っておられましたが、十年ほど実際に新しいお名前を使用されてから、裁判所に申し出られて、戸籍上も新しいお名前に変更されたのです。そうして、実際に七十歳まで大手企業の重役でいらっしゃいました。

 この企業自体は、重役の方でも六十歳で定年のはずなのですが、人事の方から、「いついつまでで、退職です」と言われておりましても、翌日社長自らが迎えに来られるということで、人事としましては、「では、この社長の間だけ」ということで出社しておりますと、次の社長も、やはり迎えに来られるということで、この繰り返しをしているうちに、七十歳になられたのです。

 私の本名は、藤原一志なのですが、この方のこのお話を伺って、この方が本庁へ転属される時に、「私の名前も考えて頂けないでしょうか」と申し上げて、いろいろとして下さったのですが、その時は「よい名前が浮かばないので、後日考えておこう」と言われたまま転属されてしまいました。

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