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2008年2月19日 (火)

言葉に出してはっきり言いなさい

神道は、「先祖代々から子々孫々に至るまで弥栄えに栄える」ということを基本と言いますか、原則とされるのですから、「お返事の方で、はっきりと『ダメだ』と言われない限りは、『よい』ということになるのではないか」などと考えて、

 「何となく、お返事を頂いているようには感じられるのですが、折角、大神様にお返事を頂きましても、今の私にはお受け取りが出来ません。しかし、先程より心を澄ませてお伺い致しておりますが、特段にダメだとか、嫌な感じはございませんので、一応お許しを頂いたものとして、このようにさせて頂きます」というように、それぞれの内容の事柄を申し上げてからさせて頂くようにしたのです。

 この点は、当然のように述べて参りましたが、後になって美津子先生から、「先生は、弥栄えを原則とされるのですからと、当然のように仰っておられますが、神道が弥栄えというのは、久保田先生が仰られたのでしょうか、それとも何か文献に載っておられたのでしょうか」と、改めて聞かれて、はたと困惑してしまいました。

 久保田先生からのお話でもなければ、古史古伝と言われる古い書物も、当時は一切読んでいなかったのです。

 大神様から、「古史古伝の中では、場所と神名の点を除いては、秀真伝(ほつまつたえ)が一番よかろう。仮名手本忠臣蔵のように、当時として支障のある場合には、人名と時代背景を変えて伝えるようにしているから、場所と神名を伺いつつ読めば、内容的には信用性が最も高いぞ」とのお伝えを頂いたのは、数年も後になってからの話です。

 しかし、稲米の一粒万倍の話とか、神道全体の考え方自体がそうなっているように思われるという、いわば感応として受け取っていたとしか言いようがないように思います。

 後になって、『十字の教え』を説くようになってからは、自信を持って「縦の神道は、先祖代々から子々孫々に至るまで、弥栄えに栄え、横の仏教や宗教は、破滅とか滅亡に繋がる」と言えるようになりましたが、この当時はまだ感応に過ぎなかったにもかかわらず、私自身はこのことを確信していたように思います。

 ただ『弥栄え』と『破滅・滅亡』とを対比して言いますと、一方がよくて他方が悪いというように受け取られがちですが、一方は大宇宙とか大自然の立場から大きく物事を見、他方は人生そのものを見た場合に、個々の人は亡くなり、樹木や草花も枯れ果てるが、そこに改めて出生や芽吹きがあるという点を捉えたもので、全体としては常に栄えながらも、個々においては栄枯盛衰があるというように、その基準が異なるものであることを理解して頂きたいと思います。

 だからこそ、各家々においても、父や母、あるいは祖父母、さらには身内の方が亡くなられて涙し、先祖の供養にあの世の成仏を願い、人のはかなさを知って、命ある間になすべきことをなしておかねばと、心新たに決意したり発奮をし、また子や孫を始め大勢の人の誕生に祝い事をするのです。これが私たちの人生なのです。

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