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2008年2月23日 (土)

これが宗教か?

何か今一つ心に満たされぬものを感じ、「これでよいのか」と思い悩み、また「本当に神様はおられるのだろうか」とか、「自分の人生は、どうなっているのだろうか」

 などと不安にかられましたが、それはやはり「大宇宙の真理なり、大神様なりの根源に触れていないからではないか」などと、かえって不安はつのり、悩みも深刻になって参りました。

 「今度こそ、今度こそ」と思って、いろいろな教団や宗教団体を渡り歩いておられる方も、大変多いように思います。

 それだけに、私などが、少しの間神様を求めてみても、なかなか辿り着けないのではないか、などとも思ったものです。それでも、私の魂は真実の神を求め、雄叫びをあげていたのです。

 何度か行っているうちに、いろいろなことを見聞き致しました。いずれも失望以外の何物でもないようなお話です。

 長く来ておられる方で、いわゆる幹部と称されるような方は、交代で当直があるそうですが、ご神殿に寝泊まりすることさえ憚られると思うのに、人目を盗んで、毎晩のように、それぞれお酒を飲んでいるというのです。

 しかし、人目は避けることが出来ても、本当に神様がいらっしゃると思えば、神様の前で、平気で人目を盗んでお酒を飲むなどということが、果たして出来るものでしょうか。直会のように、神様と共に、皆さんで頂くのならばともかく、とても神様を信じ、神様のもとにお仕えする人のとるべき態度とは思えませんでした。

 それに、それぞれのブロックと言いますか、いくつかのグループに分けて、その責任者からそれぞれの会員というのでしょうか、皆さんに連絡が行くようになっているようなのですが、その方々の人選も、本当にふさわしい方なのだろうかと思わせるところがありました。

後で伺ったところによれば、大勢の人を連れて来られた方が偉くなるのだそうで、その役目にふさわしい人がなるのではないようなのです。それだけに、その方について行けるかどうかも問題になりますし、それぞれのグループ毎に、言っていることや行っていることが異なることさえありました。

 また、ある四十半ばのご婦人が、二十歳のお嬢さんと二人で暮らしていたところ、その土地の一部が、高速道路の予定地になり、補償金をもらって立ち退いた後、アパート暮らしを始めましたが、その補償金の半額をある教団に寄付し、残りのお金をさらに半分に分け、一つはその娘さんの結婚資金や将来の蓄えとし、残りのものでご自分と娘さんとの当座の費用に充てられたのですが、やがてその教団の会員さんから、「なぜ全額寄付しなかったのか」と責め立てられ、その輪が広がったことから、遂にノイローゼになってしまわれたというのです。

 責め立てる方も、ご自分がその立場になった時、この方の何分の一でも寄付されたかどうか、他人様のことはとやかく言えますが、ご自分の立場に置き換えた時、本当にそのようなことが言えるのでしょうか。

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