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2012年5月 7日 (月)

第56話 出雲大社と熊野大社の関係 

私の疑問から明らかになったお話を続けます。

大国主神様をお祀りしている出雲大社では、大きな行事をするときに、熊野大社から忌火(いんび‥木と木を摺り合せて起こす清らかな火)を頂いてから行うと言われています。

「忌火なら、出雲大社でも起こせるだろうに、なぜだろう」というのが、私の疑問でした。一般に熊野大社と言いますと、紀州を思い出されると思いますが、出雲にも、八束郡八雲村、今は松江市八雲町にもあるのです。

そこで、出雲大社にも熊野大社にも「なぜですか」とうかがったのですが、どちらも「昔からの古い古い伝統でそうしているのです」というお返事で、理由については一切お答えがありませんでした。

自分の興味だけで神様にお伺いすることは致しませんが、「神社に伺っても、理由は分りませんでしたので、お教え願えませんでしょうか」と、改めてお伺いすると、次のようなことを教えて頂いたのです。

これは「因幡の白兎」の話の中にヒントがありました。そして熊野大社、昔から熊野権現と呼ばれていることに大事な意味が隠されていたのです。それをお話ししたいと思います。

皆さんは、因幡の白兎の話をご存じでしょうか。ほとんどの方は子供の頃に呼んだ、日本神話などにも出て来ますので、ご存じの方が多いと思いますが、簡単にご紹介します。

「だいこくさま」という唱歌の中に「大きな袋を肩に掛け」と大国主神様(別名 だいこくさま)が歌われていますが、それは大国主神様の大勢のお兄様が、因幡の八上比売(やかみひめ)をお嫁様にしたいと出かけられた時に、お兄さん達のたくさんの荷物を大国主神様お一人で担いで後から歩いて行ったときの姿です。

 

お兄さん達が、気多の岬にさしかかったとき、皮を剥かれて、丸裸になった兎が横たわっていました。お兄さん達は、それを見て「海水を浴びて、山の頂に横たわり、風に吹かれると良い。そうすると良くなるぞ」と口々に兎に言いました。兎がそのようにすると、海水が乾くに従って、痛みが治まるどころか、皮膚が風に吹かれてひび割れて、ますます痛みがひどくなり、もがき苦しんで泣き伏していたところに、大国主神様が通りかかりました。

大国主神は、兎に「どうしてそんな姿になったのだ」と尋ねると、兎はこう話しました。

「私は、於岐(おき)の島にいて、この本土に渡りたいと望みましたが、渡る手立てがありませんでした。

そこで海の鮫を騙して海を渡ってやろうと考え、鮫たちに向って『私達兎の仲間と、あなたたち鮫の仲間の、どちらの同族が多いかくらべっこをしよう。お前は同族のありったけを連れてきて、この島から向こう岸の気多の岬までずらり伏し並べたら、私がその上を踏んで、走りながら数えてあげる。そうしてどちらが多いかを知ることにしよう』と言ったところ、鮫はそれを信じてずらりと並びましたので、私はその上を踏んで数えながら渡ってきて、対岸(本土)に渡ることが出来ました。

そして地上に降りようとした時に、つい口が滑って、鮫たちに『やーい、お前たちは騙されたのだ』と言ってしまったのです。その瞬間に一番端にいた鮫に私は捕えられて、すっかり私の毛皮を剥ぎ取られてしまったのです」と事情を話しました。

苦しんでいたところを、先に行きました大勢の神々が『海水を浴び風に当たって横たわっておれ』と言われたので、そのように致しましたところ、私の身体の痛みは益々ひどくなってしまいました」と申し上げたのです。

これを聞いた大国主神は、「そんなことをしたら痛むに決まっている。今すぐに河口に行き、真水で身体を洗い、そのままその河口の蒲の穂を取って敷き、その上に寝ていてごらん。すると蒲の花粉が身体について傷はふさがり、そっと寝ていれば元の皮膚のようにきっと治るだろう」と教え、兎がその教えの通りにしたところ、兎の身体は元通りになりました。これが因幡の白兎のお話です。

この兎は大国主神に、「大勢の兄弟の神々は、きっと八上比売を妻に得られすまい。袋を負って卑しい役目をしておられますが、あなた様が必ず得られるでしょう」と申し上げました。

八上比売は、求婚に来た兄弟の神々に、「私はあなた方のいうことは聞きません。大国主神と結婚しましょう」と言ったので、これを聞いた兄弟の神々は怒って、大国主神を殺そう」とみんなで相談して、伯耆の国の手間山の麓に大国主神を連れて行き、「この山に赤い猪がいる。それをわれわれが追い落とすから、お前は下でそれを待ち構えて捕まえろ。もしも捕まえ損なったら、お前を殺してしまうぞ」と言い、山の上から、猪に似た大きな石を火で真っ赤に焼いて転がり落としました。

大国主神がそれを捕まえようと抱き留めると、真っ赤に焼けた石にたちまち身体を焼かれて死んでしまいました。この話を聞いて、母親の刺国若比売(さしくにわかひめ)は泣き悲しみ、なんとか息子を助けたいと、高天原に上がって行って、神産巣日神(かみむすびのかみ)にお願いしました。

神産巣日神(かみむすびのかみ)は、すぐにきさ貝比売とうむぎ比売を呼んで、大国主神のもとに派遣し、治療に当たったところ、大国主神は復活しました。

きさ貝比売とは、赤貝を人態化したお名前です。蛤貝(うむぎ)比売とは、蛤を人態化したお名前のことです。この二人の比売神は神魂神(かむむすびのかみ)様のお子様で、近くに神魂(かもす)神社があります。

その時の様子は、きさ貝比売が赤貝の貝殻を削り落として粉を集め、蛤貝比売がその粉の集まるのを待って受け取り、蛤の汁を溶いて母親の乳のようにして火傷の部分に塗ったところ、大国主神は、再び立派な男性として出歩くようになりました。

一般に、熊野大社というとご祭神は、スサノオノミコト様だと思われていますが、熊野大社は、「熊野権現」とも呼ばれています。

「権現」の「権」とは、「仮の」という意味でもあります。ですから「権現」とは、「仮に現われる」ということを意味しています。

つまりスサノオノミコト様の他に、まだ表に出ておられない尊い神様がいらっしゃるということです。この事については、「熊野権現の謎」として、別の機会にお話ししたいと思いますが、ここでは大国主の神様がお命を救われた神産巣日神様が、熊野大社にはいらっしゃるということにとどめておきたいと思います。

こうしたことから、大国主神様は、ご自分の大御祭りを行うときには、まず神産巣日神様のいらっしゃる熊野大社から忌火をいただくようにされたのです。火とは、霊魂の『霊(ひ)』ということにも通じます。そしてご恩になったことを、いつまでも忘れることなく、今の世にも伝えておられるのです。

出雲の熊野大社では、この儀式を亀太夫神事として、出雲の神主さんにさんざん威張り散らして渡す儀式であるように伝わっていますが、本来の意味とはかなり異なることではないかと思います。

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コメント

 スサノオは島根県の安来の須賀神社あたりだろうが。にわかに信じがたい。

投稿: 古事記王権の安来 | 2012年11月30日 (金) 22時36分

大神くんなら安来にいる友達だよ。

投稿: 母里小学校 | 2012年12月27日 (木) 21時09分

 確かに、熊野大社は歴史的には、八雲村の村長が地域の神社を習合して出来たのに、今頃になって一ノ宮とはいかがなものか?確かに、出雲大社系の亀甲紋ではあるが、県内外での存在感が低いのはあたり前。いかにもスサノオ神の故事をただよわせているが、出雲でかつて焼くも神社と呼ばれたのは、改名した安来神社であり、この八雲が小泉八雲となり二次的な歴史洗脳につながっているのは山陰文壇が機能しなかったからではないのかとも思う。

投稿: 島根松江人 | 2014年4月27日 (日) 19時53分

そもそも権現は本地垂迹説による概念であって、本来の神道とは何の関係もありません

投稿: 8823 | 2015年8月24日 (月) 04時44分

 ここよりも安来の十神山に大社も神宮も無いことが気になる。

投稿: 大同特殊鋼ファン | 2016年1月27日 (水) 21時38分

私も、スサノオの地安来で、古事記にある須賀というところを探しました。富田八幡宮の須賀神社というところをようやく見つけました。秦さんというかたが管理しているとのことですが話が聞けなかったのでいつかお伺いしたいと思っています。

投稿: 藤原何某 | 2016年9月18日 (日) 22時38分

(私はこちらのブログの他の記事はまだ読んでいませんので、内容から外れるかもしれませんが、)

大元出版の本を読んでみませんか?(複数冊色々出ています。)
・・・・・、でないとお話にならないと思います。
一般に出てくる多くの話は、権力者側が自分達の都合の良いように考えた 作り話 ですからね~。

大元出版の本は、旧出雲王国の2王家(富王家、神門臣王家)側の情報です。大手通販アマゾンで、大元出版と検索してみて下さいませ。

・出雲大社本殿の八雲の図が7つの雲 → 化けの皮が剝がれます(仕組んだのは・・・)

・由緒正しい神魂神社創建等に関する 本当の 由緒 → 化けの皮が剥がれます(仕組んだのは・・・)

・熊野大社 亀太夫神事 → 亀太夫って何の例え? なぜ国造が怒られる?その語られていない本当の意味は?(怒られる方からしたらそりゃあフタをしたくなりますね。自業自得ですが。)   ・・・など数々のほんとのホントがみえてくる

・現存の有名神社は、権力者側によって色々と変えられてしまったところがある → わかる・・・かも、ですね

・出雲王国の事、徐福(スサノオ)と秦国人渡来大集団の事は、公式には史実から抹消扱いが続いている。


大元出版の
出雲と蘇我王国 出雲と大和のあけぼの 古事記の編集室 お伽話とモデル 親魏和王の都 サルタヒコ大神と竜
あたり、いかがでしょう。

いろいろ聞いても、よく分からない・昔からの伝統・・・などなどはぐらかされるのは、知られちゃ困るだったり、知られちゃ困る事までたどり着かれるかも・・というのが理由。こういうケースがたくさんあります。
現出雲大社?最も知られちゃ困る人達が~

出雲大社創建時期はホームページでは、はぐらかしてあります。知られちゃ困るからです。創建は716年正月。

莫大な資金と人材を投入して神社を創建したのは、旧出雲王国の2王家(富王家、神門臣王家)で、秦国からの渡来系ホヒ国造家も関わっています。(大元出版 古事記の編集室をどうぞ)
尚現在は旧王家とは無関係の神社となっているそうです。

突然失礼しました~。

投稿: とく | 2017年4月 5日 (水) 02時37分

大元出版の本を読んでみませんか。旧出雲王国(紀元前~紀元250年頃)の2王家(富王家 、神門臣王家) 側の史実情報です。

特に 出雲と蘇我王国(大元出版)をお勧めします。旧出雲王国の2王家側の伝える史実情報です。熊野大社はもちろん、神魂神社や出雲大社(杵築大社)の本当の由緒についても説明がされています。
(関連読者感想文検索ワードメモ)
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(大元出版の著書)
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・私なりの主に大元出版の情報による熊野大社の亀太夫神事
→旧東出雲王国滅亡(~紀元250年頃)後、東出雲王家(富家)は、現熊野大社エリアに屋敷を構え、邸内社を建てたそうです。それが発展したのが旧熊野大社だそうです。
旧と敢えて付けたのは、現在のそれは当時の面影は・・・状態だと思うからです。(祭神も国造家の推す、徐福・スサノオなどではありませんでしたし、国造家が奈良時代に旧王家に無断でねじ込んだクシミケヌ(中国の社稷の神)も関係ありませんでした。
ただし祭神は表記だけが変更されたのか、そっくり中身も変えられたのかは、私としては知るすべはありません、ここの神社に限った事ではないですが。
由緒正しい他のとある古社でも、実は大昔複数回焼き討ちされ、旧出雲王国時代はもちろん、後の物部王国時代のも残っていないとの情報を得ています。)
創建当初は、旧東出雲王家の御先祖の八重波津身王(コトシロヌシ)や古代日本の最高神 大祖先のサイノカミ三神(父クナトノ大神、母サイヒメノ命、息子サルタヒコ大神)だったそうで、宮司も東出雲王家(富家)が務めていました。
紀元前220年頃、隣国の秦国より渡来、移住して来たホヒ国造家。
以後400年以上に渡る、数えきれないほどの裏切り行為に対し、
出雲王家がホヒ国造家をしかりつける訳です。
しかし現在の神事の内容も、本来の百番の 伏拝礼が舞になり、さらに短縮されて百番が五十番に変えられました。(元の姿は百番の伏拝礼。やる人からしたらきつい神事だと思いますし、見た目は観光客には向かないと思います。約2200年前の件に重きを置いている訳ですから。)

本来の趣旨からしたら、何一つ変更してはならないのではないでしょうか?(裏切り行為による尊い2王の死、機密情報を敵に漏洩し出雲王国滅亡へ追いやる・・・・・・・・、などの数々の裏切り行為を戒める。)
どうも現在の権力者側は、観光化に重きを置いているように思えますね。
たしかに元の百番の伏拝礼では、観光客も退屈過ぎてとか時間の都合でとかの理由で帰ってしまうかもしれません。ほとんどの観光客はこの後の亀太夫さんの苦言・文句などを目当てにしていると言っても言い過ぎではないと思います。
苦言も10数年前の時点で、もっと何十年か古い時代より、比較にならないほどや~さしい内容に変えられています。
また徐々に都合の良い様に変更されてきているようです。
本来の趣旨は、
旧出雲王家側がホヒ国造家側の数々のとんでもない裏切り行為を戒めるというものです。

ここに着眼し、こだわっている人がほとんどいない・極端に少ないというのは、大変嘆かわしい事だと思います。 
(※一般には情報操作で伏せられているので、仕方がないのかもしれません。)
※大元出版の本は旧出雲王国の2王家(富王家、神門臣王家)側の情報です。
(参)大元出版 出雲と蘇我王国 、大元出版 山陰の名所旧跡 の140・141ページに熊野大社の事が載っています。

投稿: 主任 | 2017年8月 2日 (水) 15時33分

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