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2012年6月24日 (日)

第63話 壱岐島 天の一つ柱の伝説

台風四号の接近する中、六月十八日に壱岐島へ伺いました。以前から何度も壱岐島には来ていましたが、今回は神社に参拝したり、名所を訪ねるのではなく、国生み神話として、壱岐島全体を『天の一つ柱』として伝えられている『天に通ずる柱』を神話さながらに感じ、それを今に蘇らせるといった目的の為でした。

壱岐島は、九州の福岡より高速船で約一時間の小さな島で、なだらかな丘陵がある穏やかな地形の自然豊かな島です。しかし玄界灘の荒海に削られた荒々しさも、左京鼻や鬼の足跡・辰の島の蛇が谷といった自然の造形美として、幾つもの名所に見ることも出来、観光で訪れても楽しいところです。

古事記の国生みによれば、火の玉のようになっていた地球が、段々と冷えてくるにつけ、軽いものは上に昇り、重いものは下に沈んで「天と地」が分かれていきました。初めに地球の中心のエネルギーとも言えるお力を授かって現れたのは天御中主(あめのみなかぬしの)神様でした。

しかし、この神様はお姿をお見せになられませんでした。この神様は地球の中心にあって、燃えさかるマグマを私達の目で直接見ることが出来ないのと同じように、中心の大切なお力を、見えないところで与えて下さっておられる神様だからです。

そして次に現れたのは、タカミムスビの神様とカミムスビの神様でした。天御中主神様とこのお二方の神様を合わせて「造化三神」とお呼びします。

そしてさらに次々に神様が誕生されました。国常立神様から神世七代といわれる神様の時代に入りますが、その七代目にイザナギの神様、イザナミの神様が誕生しました。(伊勢の天照大御神様のご両親です。)

ここからは、一般に言われている「神話としての国生み」のお話になります。国生みの中で壱岐島に関するところを簡単にご紹介致します。

地球の「天と地」が分かれてから、かなりの年月が過ぎても、まだ大地は今のようにしっかりとは固まっていませんでした。高天原の神々様は、地上をもっとしっかりと固めて、人や動物やいろいろな生き物が暮らせる世界を作ろうと考えられました。

 

そこで高天原の神々様は、伊邪那岐・伊邪那美神様をお呼びになられ、「この漂える国土をよく整え固めよ」と命じられて、天の沼矛(あめのぬぼこ)を授けられました。

そこでお二方の神様は、天地の間にある天の浮橋に立たれて、沼矛を地上にさしおろして、

くるくるとかき回しました。その様子を「コヨロコヨロ」とかき回すという表現で表わされています。

そして沼矛を引き上げると、そこから雫がぽたぽたと垂れ落ちました。それがだんだんと積り固まって最初の島が出来上がりました。沼矛から垂れた雫で、自然に固まって出来た島という意味で「オノコロ島」とされています。

伊邪那岐・伊邪那美神様は、その島に降りられて、太い大きな柱を立て、お二方の結婚のための宮殿も建てられました。そして次々に幾つもの島を生み、大八島と言われる今の日本が出来上がったとされています。

大八島として、はじめに生んだのが淡路島です。古事記には、淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)と書かれています。

二番目に、伊予之二名島(いよのふたなのしま=四国)を生みました。

三番目には、三つ子のように三島から成るという隠岐之三子島(おきのみつごのしま)を生みました。またの名を押し凝り固まったという意味で天之忍許呂別(あめのおしころわけ)と言います。

四番目に、筑紫島(九州)を生みました。

五番目には、壱岐の島を生みました。またの名を離れ小島という意味で天比登都柱(あめのひとつばしら)と言います。そうして六番目に対馬が生れ、佐渡が七番目で、最後に秋津島として、本州が生れ、全部で八つだからということで、日本のことを『大八島(おおやしま)』と呼ぶようになったのです。このようにして日本の国が出来たとされています。

壱岐島は五番目に生れた島です。ここに大いなる意味があるのです。

神道では、言葉には魂が宿るとされ『言霊(ことだま)』として大切にしますが、数字にもそれぞれに意味があり、霊魂が宿るとされています。それを『数霊(かずたま)』といいます。

数霊としての詳しい話は、別の機会にゆずるとして、ここでは「十」は、神を表わし、「五」はその神々様の中心になる天地創造の大神様を表わしていると理解して下さい。

つまり五番目に出来た島、壱岐島は大神様ご自身ではありませんが、大神様のいらっしゃる高天原の中心に直結するために、天一柱神様が島全体を一本の黄金の柱で包んだ島なのです。

壱岐島に折れ柱とか八本柱として伝わっているのは、島の先端の部分や半島の先にも、一本の黄金の柱として建てられた名残に過ぎないのです。

私は、台風の近づく中、島の中央よりやや下の方にある岳の辻の中央展望所を訪れました。展望所に登ると眼下一面が白い霧に覆われ、さながら天孫降臨の時の雲の上に立っているかのようでした。そして島全体が黄金の一つ柱として天に通じていることの確認がやっと出来たのです。

今までにも、何度もここに来ていますが、確認は出来かねました。

同じ場所でありながら、今まではただの広場でした。この度は展望所の建物の中で、暴風雨の影響も受けずに、まさに天孫降臨の場面を見るように、霧靄の掛かった風景の中で、島全体に黄金の柱が輝く光景を見ることが出来たのです。

ちなみにイザナギ・イザナミの神様の国生み伝説は、別の呼び方で『修理固成(つくりかためなせ)』と呼ばれています。新たに国を生み、島を作ったという伝説ですが、本当は日本の国はそれ以前からあり、正しくは乱れていた国を立て直していったことが国生みという伝説として伝わっているのです。

島を作り上げていった順序は、その立て直しとして神様がなさられた順序です。壱岐島に天のひとつ柱をたて、改めて天と通じさせたということです。

今の日本も、本当に乱れています。改めて一からの立て直しが必要な時期に来ています。

制度や規則を整えることももちろん大切ですが、人の心が「神の子、人」としての暖かさ、謙虚さ、素直さに蘇らせること、神の国、日本と言われる魂の美しさを取り戻すことも、それと同じくらい、いやそれ以上に必要な事ではないでしょうか。

その夜は、平山旅館に宿泊し、女将の平山宏美さんから、壱岐島の天のひとつ柱の神話を蘇らせる為のイベント「神々の島・壱岐 響き合う魂たち」があるという話を伺いました。これも神様のお引き合わせかと驚いております。

神様を求めて、純粋に行動していると、思いがけない出合いや、お話を聞く機会があるものと思いました。 

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