第60話 観音下座の業
世に『観音下座の業』という言葉があります。私達は日頃観音様を仰ぎ見、伏し拝んでおりますが、本当にその人の真価を見るためには、高いところからのみ見下していたのではわかりかねるということで、神様はあえて観音様を人の世界の、それも低いところにお遣わしになられて、貧しき者・か弱き者に対して、人々がどのように対応されるかをつぶさにご覧になられ、人の心の奥底を見極められるためにそうされるのです。
もともと観音とは、『カム・ノン』を意味します。『カム』は神様、それを『音』で聞き分け、感応するという意味です。
日本では、子供さんが神棚の前で手を合わせ「ノンノンさんアン」と言っていますね。「ノンノンさん」とは、「神様、神様」とお呼びしているのです。そして「僕がここ(神様の前)に来ましたよ、神様お出まし下さい」と言って、神様の門の扉を叩いていることを意味しているのです。
『ノ』は、『ゝ 』と『ノ』で、『ゝ 』は大神様を表し、『ノ』は神様が天降られるお姿を表しているのです。『ン』は究極の音であると共に、カンの『ン』は神様、ノンの『ン』はそれを受ける私達を表しているのです。
神様が天降られる、それを迎え入れる、神と人との双方の姿、そしてそれによって生じる音を表しているのです。
『ア』は、『天』とか『父』を意味します。『天に坐しますわれらが父よ』とお呼びかけしているあの『天』とか『父』の意味です。要するに、子供さんは、『アン』と言って、ちゃんと神様にお合わせをしているのです。
『ン』は、上下の縦の関係で表したものです。これに対して、ひらがなの『い』は左右の横の関係を表しています。『い』という字は『以』を表し、この『以』は『以心伝心』と言われるように、本来は神様のご意志に添って行うべきものなのです。
この点は、子供さんの方が、真素直に神様に通ずるものを持っています。
神様の前で柏手を打つのも、『神人合一』を表します。片方の手だけでは、音は出ません。右の手と左の手が、パ-ンと合わさることで、音が生まれるのです。
それと同じように、神様のお心と、それをお受けする人の心とが合わさって、音が出るのです。
『観音』は、これほどの意味がある言葉であるにもかかわらず、西洋では「ノン=だめ、いいえ」という否定語として使っています。単に大きな差があるというだけではなく、言霊の上から言いましても大変なことです。
神様は、その人の真価を見るために、人の世界においても乞食のような姿に身をやつされて、「地位が下になっても、本当に暖かく接することの出来る人かどうか」をご覧になられるのです。下からその人を見上げる時こそ、人の真価を見極める大切な基準なのです。その人の器をもそれで見ることが出来ますし、心の豊かさを図ることも出来ます。
かつて一休禅師が、大きなお店に招かれたときに、乞食坊主の姿で行ったところ「この乞食坊主めが!」と追い返されてしまいました。その後で紫の衣で尋ねたところ、中に招き入れられたそうです。
一休禅師は、「そなたが招いたのは、この衣であろう。われは先ほど参ったが、追い返されたぞ。」と言って、紫の衣を置いて立ち去ったという逸話が残っています。そのくらい人は見た目で、その人を見てしまうのです。服装だけではなく、その人の地位や財産も「別の意味の衣」ですから、その衣だけを見ていると、人の真価は見誤ることになります。
人が成功している時には、いろいろな方が親戚だの知人・友人として近寄って参りますが、一旦事業に失敗したり、落ちぶれ果てた時には、なかなか人は近寄らず、見向きもしないものです。まして親戚などと言われることは迷惑至極だと言わんばかりに避けてしまいがちです。しかし、本当はそうした時にこそ、人の真心の奥が計り知られる時なのです。
今は、多数決で物事が決まったり、その器でもない人が、「長」と名のつく地位についたりすることがありますが、本当に人の上に立ち、責任ある地位についていい人かどうかは、その人の器量によりますし、実際にその地位・役職をこなせるかどうかは、その人のその時の心や魂の磨かれ方によって決まるのです。
人は、上からだけ見ていたのでは、絶対に人の裏側はわかりませんし、その人の真価を見抜くことは出来ません。ましてや人の隠れた苦労や悩みなどには気づくことさえ出来ません。
よく「人の不幸は、蜜の味」という人がいます。しかし人の不幸を喜ぶ、自分より下になったと見下している心は、そのまま神様から見た自分の評価となってしまうはずです。
「人の痛みを、自分の痛みのように感じられる」「相手の立場に立って考えられるような心の豊かさ」を持って頂きたいと思いますし、本当は人は皆兄弟なのですから、そうあるべきではないでしょうか。
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